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第五章 2


 壮麗な会議室に集まっていたのは、ガイゼルのかつての臣下たちだった。

 大公、公爵家、辺境伯……名だたる諸侯たちが、今はガイゼルによって破壊された扉の残骸を見つめ、驚愕の表情を浮かべていた。ガイゼルは室内をぐるりと一瞥すると、きわめて冷静に口を開く。


「貴様らは司令官だろう。このような内に籠って何をしている」

「ガ、ガイゼル、陛下……」

「ち、違う、――こやつはもう王ではない! どの面下げて今更戻って……」

「王の名など、欲しい奴にくれてやる。だが今は、そんな場合ではなかろうが!」


 どうやら諸侯らの意向も一枚岩ではなかったようで、ガイゼルを見て明らかな安堵を浮かべる者もいた。だがガイゼルに対して批判的な視線の方が多く、ツィツィーは彼らを注意深く観察していく。


「敵はすぐそこまで来ているのだぞ! このまま国もろとも犬死するつもりか!」

「し、しかし……」


 やがて円卓の一番奥にいた人物が立ち上がった。


「落ち着かれませ、ガイゼル様」

「――ルクセン」

「我々とて、悪戯に手をこまねいていたわけではありませぬ。既に属国へ援軍の指令を出しております。あと少し耐えきることが出来れば必ず……」

「それまでこの城がもつと思っているのか、馬鹿め」

「……」

「断言してやろう。俺がヴェルシアに戻ってくるまでに、軍隊の一つも見なかった。援軍など来ていないぞ」


 途端に臣下たちが騒ぎ始める。いよいよだ、とツィツィーは意識を集中した。


「な、そ、それはどうして⁉」

「再度命令を出せ! 今すぐにだ!」

「無駄だ、何度したところで援軍は来ない」

「⁉ そ、それは一体どういう……」

「この戦は最初から仕組まれたものだったからだ、――ここにいる、内通者によって」


 今だ、とツィツィーは目を閉じた。

 暗闇の中、自分の足元から植物のツタが伸びていく様を思い描く。この部屋にいるすべての人間の心を探る――縦横無尽に張り巡らせたツィツィーの意識の上に、少しずつ臣下たちの感情が落ちてくる。

 暗い光。怯える光。疑いの光。

 だがやはり対象が多すぎたのだろう。特定の一人の声を聞き取る『受心』とは異なるため、手や足を動かしても無意味だ。


(――どうしよう、何とかして探し出さないといけないのに)


 ここに来る直前、ツィツィーがガイゼルに頼んだのは、実に簡単なことだった。ガイゼルが告発をした後、少しでいい、自分に時間をください――と。

 直接的な指摘を受けることで、内通者の心の声に何らかの異変が生じるはずだ、と考えたためだ。


(裏切り者が動揺を見せるとすれば、今だけ……でも……)


 しかしツィツィーが思っていたよりも、複数の人の心を読むのは困難だった。元々は相手が嫌がるだろうから、と使うのを躊躇っていた力なのだから、ある意味当然かも知れない。自ら進んで使おうとしたのは、アンリの遭難事件くらいだ。



(……そうだわ!)


 ツィツィーはそこで、ふとあることを思い出した。


(お願いします、――私に力を貸して)


 ツィツィーは祈るような気持ちで、前に立つガイゼルの袖をそっと掴んだ。ガイゼルは一瞬だけ驚いたような仕草を見せたが何も言わず、ツィツィーの行動を臣下たちから隠すように、そっと死角へと庇いたてる。

 その間にも臣下たちは、ガイゼルの発言に目の色を変えて騒ぎ始めた。


「な、内通者だと! 一体誰だというのです!」

「防衛設備の機密がイエンツィエに知られていた。貴公らの誰かなのは間違いない」

「わ、私は違いますぞ!」

「お、俺もですよ!」


 実際に発される声も大きく、感情の幅が揺れ動くようになってきた。ツィツィーは先ほどより受心しやすくなっていることを実感しながらも、なかなか確定的な証左を掴むことが出来ない。


(声ががんがん響いて、……頭が割れそう……!)


 口にする言葉よりも、心の発露の方が直情的なため、ツィツィーの内面にずさずさと突き刺さった。

 大音量で演奏する楽団のど真ん中に放り込まれたような感覚の中、ツィツィーは頭痛を和らげようと、額に手を当てながら必死に内通者の感情を探り続ける。

 胃の奥からは吐き気がこみ上げ、全身からぶわりと汗が噴き出していた。


 するとガイゼルが、ふいにツィツィーが掴んでいた袖を振り払った。


(――!)


 当然のように心の声は掻き消え、一時的に脳内の騒音がぴたりと止む。だがこれでは内通者を探すことが出来ない、と焦るツィツィーの手を、ガイゼルが再度握りしめた。


(……え、)


 探るように繋がれたそれは、普段馬に乗るときや荷物を渡すときとは違い、互いの指を組み合わせた貝のような繋ぎ方だった。ガイゼルの長い指が、ツィツィーのそれと絡まり、手のひらの熱さを直に伝えてくる。


(えええ、あの、陛下)


 仲のいい恋人同士がするような握り方に、ツィツィーは必死の形相であたふたする。すると繋いだところから、不安げなガイゼルの心の声が流れ込んで来た。


『――大丈夫か?』


 ツィツィーは弾かれたように顔を上げた。

 臣下たちを威圧するガイゼルの目は、今も真っ直ぐに彼らを睨みつけている。その一方で、ツィツィーが何かに苦しんでいると気づいたのだろう。こんな状況でもなお、自分のことを守ろうとしてくれている。その優しさにツィツィーの胸は熱くなった。

 ガイゼルは問いかけるように、ツィツィーの手にぎゅっと力を込める。最強の味方を得たツィツィーは再度目を瞑り、意識を部屋全体に集中させた。

 暗闇の中、白く這いまわる植物のツタが、床や壁一面に生い茂る様をイメージする。すべてを。心を。

 あちこちで、白妙の花が、開く。


(……分かる)


 ガイゼルと密に接しているせいか、さらに受心の精度が高まっている。頭の中の血管がどくどくと拍打つような痛みはあるが、この力に対する代償のようなものだろう。

 人々の口から出る、非難、中傷――それに伴う、驚きや怒りの感情。動揺する者、怯える者、あらゆる心の声の中でたった一人だけ、この場に不釣り合いな思いを抱えた人物がいた。


 愉悦。

 今この騒乱を、楽しんでいる人がいる。


 ツィツィーはゆっくりと睫毛を押し上げた。その人物を直線上に捕らえ、間違いないと確信する。

 もう大丈夫、と返事をするように、ガイゼルの手を握り返した。


「――裏切り者はあなたですね、ルクセン・マーラー」



 

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