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第四章 4


 するとついバランスを崩したツィツィーの手が、眼前にいたガイゼルの腰に触れた。その瞬間、アンリの声が一際大きく響いたことで、ツィツィーはある事をひらめく。


「……ツィツィー、さっきから一体何を」

「動かないでください!」


 もうどうにでもなれ、とばかりにガイゼルは無言のまま腕を組み、仁王立ちを決めた。

 ツィツィーがガイゼルの体に触れた瞬間、心の声が良く聞こえるようになったのは間違いない――と、ツィツィーはある一つの仮説を立てる。


(もしかして、ガイゼル様の体を介してなら、受心出来る……?)


 ガイゼルの心の声は、ツィツィーの受心と抜群に相性がいい。ということは、彼の体を通すことで、逆にツィツィーの受心能力も高まるのでは、と考えたのだ。

 迷っている暇はない、とツィツィーは勢いよくガイゼルに抱きつく。


「すみません、失礼します!」


 そのままガイゼルの体にしっかりと両腕を回し、力の限り抱きしめた。たまらないのはガイゼルの方だ。


『ツィツィー! 気持ちは嬉しい、嬉しいが、今はそんなことをしている場合じゃない!あああ、分かる、早くアンリを助けねば、この寒さではどうなるか、くっ……しかしツィツィーが自分から俺に抱きついて来るなんてことが今まで一度もこれは一体』

「ガイゼル様は黙っていてください‼」


 一言も発していないのだが、何故か滅茶苦茶怒られたガイゼルは、口を閉じたまま、静かに目を瞑った。どうやら心を無にすることを決めたらしい。

 そんな内情も知らず、ツィツィーは懸命にアンリの心の声を探る。


(これでどう⁉ アンリは……)




『――おとうさん、たすけてえ、……』


 鮮明なその声に、ツィツィーは思わず目を見開いた。すぐに聞こえてくる方角と距離を見定め、ガイゼルを解放すると早く早くと腕を引く。


「ガイゼル様、こっちです!」

「……わかった」

『……一体何だったんだ……』


 アンリの心の声がした所は、比較的なだらかな丘陵地だった。しかしこの積雪で、実際の地面の高さすら正確には分からない。奥に続く針葉樹林に分け入ったツィツィーは、迷うことなく一直線にどこかに向かっていた。やがて立ち止まると、地面に膝をついて叫ぶ。


「アンリ!」

「……ツィータぁ……」


 背後からガイゼルがのぞき込むと、そこは大きな樹木の根が露出した急斜面だった。

 下は見えず、滑落すればひとたまりもない。斜めになった木々に引っかかるようにして、泣き腫らしているアンリの姿があった。どうやら雪で足を滑らせて、落ちてしまったのだろう。


「アンリ、すぐ助けるわ!」


 ツィツィーが頼み込むより先に、ガイゼルは持っていたロープを手近な木に括り付けているところだった。支えに耐えうるかを確認し、すぐに身一つでアンリのいる斜面に下りていく。時折強い風が吹き、ガイゼルの体が弄ばれるように揺らいだ。

 そのたびにツィツィーは祈るような気持ちで両手を組んでいたが、ガイゼルは危なげもなくアンリの元に降り立った。


「もう大丈夫だ」

「……ゼ、ル……」


 ガイゼルが抱きかかえると、アンリは我慢の限界を迎えたように泣きじゃくった。ひぐひぐとしゃくりあげるアンリに、ガイゼルは当惑したように眉を寄せていたが、やがてぽんぽんと優しく背中を叩く。


「泣いていい。怖かっただろう」


 ガイゼルの優しい言葉で心が緩んだのか、アンリはさらにぼろぼろと涙を零して泣き続ける。そんな二人の様子を崖上で見ていたツィツィーは、ようやくほうと胸を撫で下ろしたのであった。






 広場に戻ると、一度目の捜索を終えた男たちが戻って来ていた。泣き疲れ、ガイゼルにしがみついたままのアンリを見つけると、おおおと勇ましい歓喜の声を上げる。

 眠ってしまったアンリはディータに引き渡され、すぐに医者の元へと運ばれた。

 全員が安堵のため息を零し、口々に二人の功績を褒めたたえる。そのうちの一人がツィツィーに尋ねた。


「いやーでもどうして場所が分かったんだい?」

「ええとその、なんとなく、と言いますか……」


 えへへと誤魔化すように笑うツィツィーを、ガイゼルだけが一人静かに見つめていた。やがてディータが戻って来たかと思うと、感謝を述べながら皆に深々と頭を下げる。

 ツィツィーとガイゼルに向けても、ヴェルシア式の最も敬意を込めた礼を示すと、低く響く声で語った。


「凍傷になりかけていたが、命には別条ないらしい」

「良かった……」

「本当に助かった。……あんたたちのおかげだ」


 顔を上げたディータは、まるで眩しいものを見つめるかのように目を眇めた。ガイゼルに向けて、貫禄ある声で断言する。


「この恩はいつか、必ず返す」


 寡黙なディータから真摯な眼差しを向けられ、ガイゼルは最初少し戸惑っているようだった。だが少し間を置いたかと思うと、ゆっくりと笑みを返す。

 それはかつての臣下たちに見せていた皮肉めいたものではなく、心の底からの感謝を表すかのような――実に穏やかな微笑みだった。


「礼なら、ここに置いてもらったことで十分返してもらっている。その、本当に――ありがとう……」


 今までなら何を言われても、冷たく流していたであろうガイゼルが、素直に感謝を受け入れたことにツィツィーは驚いていた。ディータも同じく意外だったらしく、「あんた、笑うことあるんだな」とつられたように口角を上げる。

 すると『ガイゼルがデレたらしい』と聞きつけた他の村人たちが、何だ何だと取り囲み始めた。

 やめろ、と年相応の青年のように照れるガイゼルを見て、ツィツィーは噛みしめるように喜びを露わにした。






 それから数日後、アンリは無事に元気を取り戻したようだった。ディータに連れられてガイゼルたちの家を訪れたアンリは、精いっぱいの感謝の言葉を述べた後、キラキラとした目でガイゼルを見上げる。


「ゼル! あのね、大きくなったら結婚してくれる?」

「……は?」

「だって、助けてくれた時、すっごく格好良かったんだもん! 一番目の奥さんはツィータだけど、二番目はアンリ! ねえ良いでしょ?」


 突然のプロポーズに、ガイゼルはかつてないほど顔を強張らせていた。ぎぎ、と錆び付いた機械のような動きでツィツィーの方を振り返る。

 だが当のツィツィーはなんて可愛いのかしら、という目でアンリを見つめるばかり。ガイゼルは一人肩を落とした。


『少しくらい……嫉妬してもいいと思うんだが……』

(えっ⁉)


 イエンツィエの王女には遠慮したツィツィーだったが、さすがにアンリほど小さい女の子相手に怒る気持ちなど湧きようもない。だがガイゼルは至極真面目な表情で、アンリに諭すように告げた。


「悪いが、俺の妻はこいつだけだ」


 えーと唇を尖らせるアンリに対し、ツィツィーは顔が熱くなるのを抑えきれなかった。確かに自分以外の皇妃を迎えないと約束してくれたが、こんな時まで律義に守ってくれるとは。


(嬉しいけど、ちょっと恥ずかしいかも……)


 真剣な顔でアンリに謝罪するガイゼルを見て、ツィツィーは思わず苦笑した。








 やがて二人が集落に住むようになって、三か月ほどが経過した。その日は昨夜の吹雪が嘘に思えるほど、青く澄んだ青空だった。地面を覆う新雪の反射が目に痛いほどだ。


「じゃあ行ってくる」

「はい。気を付けて」


 おなじみになった挨拶をし、ガイゼルは今日も狩りへと向かう。アンリの一件があってから、二人は以前よりも集落に受け入れられたと感じていた。もしかしたら冬が終わっても、このままここで暮らしていけるかもしれない。


(それもきっと、素敵なことだわ)


 ツィツィーは年を取った二人の姿を想像し、少しだけ照れたように笑った。自分も集会所に行かなければ、と大きく伸びをする。



――そんな二人の前に、よく見知った姿が現れた。


 森の奥からふらつくように現れたその人物は、ひどく疲れた様子で雪の上に倒れ込む。ガイゼルは最初ツィツィーを庇うように立っていたが、すぐに警戒を解いて男の元へと駆け寄った。ツィツィーも慌てて近づいて覗き込む。


 そこにいたのは、金髪に灰青色の目の男。

 ガイゼルの幼馴染と言われていたヴァン・アルトランゼだった。


「……陛下、……」

「ヴァン! どうしてここに」


 血相を変えて怒鳴るガイゼルに、ツィツィーも思わず身構える。


(どうしてここが……もしかして、陛下を捕らえに……⁉)


 だが二人の懸念をよそに、ヴァンの様子は少しおかしかった。王都から直接来たにしては、身なりはボロボロで憔悴しきっている。綺麗だった顔には細かな傷がついており、ヴァンはガイゼルの顔を確認すると、嬉しそうに目を細めた。


「陛下、良かった……ご無事で……」

「何の用だ。内容によっては――」


 険しいガイゼルの眼光を前に、ヴァンはもげそうなほど頭を左右に振った。ガイゼルがようやく威圧を解くと、緊張が緩んだのか、目に涙を浮かべて訴える。


「どうか……お助けください」

「何が起きた?」

「王都が……イエンツィエから攻撃を受けています!」


 その言葉に、ツィツィーとガイゼルの二人は顔を見合わせた。



 

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