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序章 心の声がだだ漏れです。



 ツィツィー・ラシーは困惑していた。


「何をしてる」

『寝起きだというのに……どうしてこんな完璧な美しさなんだ……可愛すぎる』


 聞き間違いではない。

 この声は目の前で不機嫌極まりない顔つきを見せている我が夫――ガイゼル・ヴェルシアのもの。ただしツィツィーには、「口にしている言葉」と、『心で思っている言葉』の二つが聞こえているのだ。


「も、申し訳ありません。陛下」

「……邸では名前で呼べと言ったはずだ」

「そ、そうでした……その、ガイゼル様」

「……」

『別に様も取っていいんだが……いやむしろ呼び捨てにしてほしい。だがあまり性急に距離を詰めすぎるのも問題か……しかしなんと可愛らしい声だ。まるで愛らしい小鳥がさえずっているかのようで』

「あの、そろそろ出られないと、皆さまをお待たせしてしまうのでは!」


 ツィツィーが慌てて投げかけると、ガイゼルはむ、と険しく眉を寄せた。固く口を引き結んだかと思うと、冷たい一瞥を投げていく。


「今日も遅くなる。先に休んでいろ」

『くそっなんで最近こんなに仕事が多いんだ! これではツィツィーと一緒に夕食も取れないだろうが! やはりランディの奴を縛り上げて……』

「ま、待ちます! 私、ガイゼル様がお戻りになるまで待っていますから」

「……勝手にしろ」

『……優しい……優しすぎる……天使かな……』


 そう言うとガイゼルはようやく仕事へと向かった。その背中を見送りながら、ツィツィーは長い長いため息をつく。顔は真っ赤になっており、当分熱が引きそうにない。


(どうして陛下の声だけは、こんなに鮮明に聞こえるのかしら……)


 ツィツィー・ラシー。

 ――彼女には、人の心の声が聞こえる不思議な力があった。







 二人はよくある政略結婚だった。

 ツィツィーは南国・ラシーの末姫で、雪のような白銀の髪に、夏空のような青色の瞳。そして透き通るような白い肌をしていた。それだけ見れば非常に美しい容姿なのだが、不幸なことにラシーの民の多くは燃えるような赤い髪と赤い目を持つため、ツィツィーの姿形は周囲に比べてとても目立つものだった。

 さらに幼少のある日、母親が呟いた心の言葉に対して、ツィツィーは何気なく答えてしまった。最初は偶然かと思っていた母親も、繰り返されるその不思議な力を目の当たりにし、いつしか「呪われた娘」とツィツィーを忌み嫌うようになってしまったのだ。

 そうして人目から隠されるように、半幽閉の状態で暮らしてきたツィツィーに、突然結婚の話が舞い込んできた。


 相手は北の大国・ヴェルシアの皇帝――ガイゼル・ヴェルシア。

 先代の崩御後、国中を巻き込んだ後継者争いを、武力だけで勝ち抜いた猛者であり、勝利に導いた戦の数は数知れず。剣に槍、弓、白兵戦まで何でもこなす戦いの天才と呼ばれ、臣下に対しても不遜で傲慢なふるまいをする――ついた呼び名が『氷の皇帝』。

 ツィツィーとは正反対な漆黒の髪に、北国の王にふさわしい白い肌。目はツィツィーと同じ青色をしていたが、ガイゼルの瞳は暗い海の底を覗き込むような深さがあり、初めて見た時はツィツィーも少し恐怖を感じたほどだ。



(――人質か、くだらないな)


 輿入れをした日に、そう言われたことをツィツィーは思い出す。実は本来、ツィツィーは先代皇帝の六番目の妻となるはずだった。

 だが先代が崩御し、行く当てのなくなったツィツィーを、何故か次期皇帝であったガイゼルが引き取ると言い出したのだ。


 ガイゼルの言葉通り、ツィツィーはラシーを守るために差し出された生贄だ。

 周辺の国を次々と奪い取り、蹂躙し、我がものにしていく大国ヴェルシア。そこに反抗する気はない、という忠誠を見せつけるために送り出された小国の姫君。

 だがラシーとしても、器量の良い上の姉たちを手放したくはない。そこで選ばれたのがツィツィーだったという訳だ。




 ようやくガイゼルの言葉を振り払ったツィツィーが広間に行くと、使用人たちが控えていた。執事が近づき、恭しく今日の予定を読み上げる。


「ツィツィー様、本日は歴史と語学、午後からはダンスのレッスンが入っております」

「ありがとう。部屋に戻って準備をしてきます」


 丁寧に頭を下げる執事に礼をし、自室へと戻る。広い廊下を歩きながら、ツィツィーは再び先ほどの疑問を思い浮かべていた。


(やっぱり、他の方の声は聞こえないのに……どうして陛下だけが?)





 ツィツィーの持つ不思議な力は、実は万能という訳ではない。

 小さい頃は近くにいれば、誰の心の声でも聞き取れたのだが、成長するにつれてその能力は明らかに落ちていた。

 最近では聞こえないことの方が多く、相手の心の声に対して受け取る構え(ツィツィーは『受心』と呼んでいる)をしなければ、はっきりとは聞こえないのだ。またこの『受心』も、腕を高く上げたり、足を変な角度で止めたりと、変わったポーズをしなければならず、とてもではないが人前で堂々と出来る行動ではない。

 その一方で、波長の合う人間であれば、受心をしなくても聞こえることもあった。

 だがそんな人間はごくわずかで、ツィツィーもすれ違いざまに「いたかな?」と思う程度でしかない。


 しかし――この国に来て、初めてガイゼルと会った日のことだ。



『女神がいる……』


 と、突然聞こえて来た心の声にツィツィーは思わず周囲を見回した。


「何をしてる。名乗れ」

「し、失礼いたしました。ツィツィー・ラシーと申します」

『ツィツィー……なんて清廉な響きの言葉だ。意味はなんだ? 花の妖精か、宝石のような、あたりか? いずれにせよ素晴らしい。名付けて下さったご両親に感謝申し上げる』

「……」


 聞き間違いではない。

 先ほどから普通の音量で聞こえてくる、この心の声はガイゼル陛下のものだ。


「遠方より苦労であった。今日は休め」

『本当は俺が迎えに行くはずだったのに……くそっランディの奴、分かっていてこの日程に仕事を入れたに違いない! そのせいでこんな時間に会う羽目になってしまった』

「あ、ありがとうございます……」

「……」

『……やはり、少し緊張しているか……どうして俺はこういう時、優しい言葉ひとつかけてやれんのだ……』


 二重に流れてくる音声を聞きながら、ツィツィーはそっとガイゼルを覗き見た。

 執務机越しに見えるガイゼルの表情は険しく、視線は書類に落としたまま、こちらを見てもいない。発される言葉も冷たいものばかりで、それだけであればツィツィーは委縮していただろう。


(これは、私に向けて言っているの……よね?)


 先ほどから向けられる心の中の美辞麗句。最初は、隣に恋人でもいるのかしら、と思っていたのだが、ここは陛下の私的な居室。どう見てもツィツィーとガイゼルの二人しかいない。

 休めとの言葉通り、ツィツィーはガイゼルの御前を後にする。



 重厚な木の扉を締め切ると、ふつりと糸が切れたかのようにガイゼルの心の声は聞こえなくなった。ようやく静かになったことに、ツィツィーは安堵のため息を零す。


(やっぱりあれは陛下の心の声……でもどうして、こんなにはっきりと聞こえるのかしら)


 あまりに鮮明すぎて、下手をすれば普通に話している声と遜色ない。

 思い当たるとすれば、陛下が「波長の合う人間」ということだろうか。それも恐ろしく高いレベルで。


(勝手に聞こえてしまうだけでも申し訳ないのに、……どうしてあんな、恥ずかしくなるような、ことを……)


 思い返して、ツィツィーは頬が熱くなるのが分かった。

 出会って早々に女神だの、天使だの。そのくせ表の顔は「何かあればお前を殺す」と言わんばかりの威圧感を醸し出している。この差は一体何なのだ。


(……とりあえず寝ましょう。明日からはここで、戦わなければならないのだから)


 のぼせた顔を軽く叩くと、ツィツィーは静かに息を吐きだした。

 やがて美しい青色の目を押し開くと、心の中で一人決意を固める。


(ここはもうラシーではない――私が何か不興をかえば、それが争いの火種になることもある)


 どんな扱いを受けようとも、絶対に争ってはならない。たとえそれがどんなに屈辱的なことであろうとも。それがこの大国に差し出された――人質としての、私の使命なのだから。

 ツィツィーはそう心に誓うと、自らにあてがわれた妃の部屋へと向かった。



 


心の読めるお姫様と、溺愛したいけど素直になれない皇帝陛下の物語です。

平日は19時頃更新予定です。完結までのんびり更新していきますので、お付き合いいただければ嬉しいです~!

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― 新着の感想 ―
[一言] 新しいカタチのツンデレ、ですね!(^-^)
[一言] ここまで差があると面白いな
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