5話
「おおよその事情は理解しました。本題はここからです」
「は、はい……」
「あなた自身の今後の身の振り方についてです」
「っ……」
その言葉を言われた瞬間に莉乃はビクリと肩を震わせて、少しおびえたように視線を下に向ける。
「…あなたには二つの選択肢があります。一つ目は、我々との記憶を消して今まで通りに生活すること。二つ目はここから逃げ私たちとも敵対すること」
氷雨が提示した選択肢はあまりにも残酷だった。心情的には一つ目を選びたいだろうが、記憶を消すという物騒な言葉は聞き逃せないだろう。二つ目に至っては脅しに等しい。
「我々としては二番はお勧めしません…紫苑さんのご学友を殺してしまうのは忍びないので」
「ヒッ…」
氷雨のセリフは莉乃の恐怖心と混乱をさらに煽り追い詰めていく。
「記憶を消すことについてですが安全性については保証します。といっても、どうやって信用すればいいんだという感想を抱くでしょうが」
「‥……」
「この選択肢もあまりお勧めしませんが、あと一つだけ選択肢が存在します。もう一つは私たちが所属する組織に入ることです」
絶句している莉乃を見つめながら、氷雨は第三の選択肢を提示した。
「所属している組織っていうのは…」
「…そのことを知りたいのであれば相応の覚悟をしてください。今ならまだ戻れます。ですが、そうですね…組織に入れば、貴方は非日常と日常の狭間で生きることになります。叶えたい望みがないならおすすめはしません。ですが、もし危険を冒してでも叶えたい願いがあるのなら、私は貴方を歓迎しますよ。私たちの仲間になれば、少なくとも私たちの誰かがあなたを助けられるでしょうし、それに…」
「それに?」
「…あなたがどうして襲われたのかも知ることができるでしょう」
「ッ…」
莉乃は恐る恐る顔を上げた。
「まあ、決めるのは貴方です」
「あ、あの!」
「はい」
「…大船君と話してもいいですか……?」
「紫苑さんとですか?まあ、そうですね。昨日まで普通の高校生だったあなたにいきなり選択を迫るというのは酷ですよね…ということなんですけど、どうですか紫苑さん?」
氷雨が向けた視線の先には紫苑その人が立っていた。
様子を見に行ったらいきなり話を振られた件について…
いやいや、どうですか?じゃねえよ!俺は今部屋に入ったんだぞ!?何話してたかなんて知ってるわけないじゃん!
「私はこれで失礼しますので、話が固まったら呼んでください」
「え?ちょっ」
俺が困惑している間に氷雨は、足早に部屋から出ていった。残されたのは状況がまるで分らない俺と泣きそうになっている若菜さんだけだった。
いや、コミュ障にこの状況はきつい。なんで泣いているのかはわからないけど、まあ、たぶん暴漢に襲われたのを思い出したんだろうと当たりをつける。こういった時、どんな藩士をするのが正解なんだろ?
「こうして話すのは初めてだと思うから、とりあえず自己紹介でもしようか。俺の名前は大船紫苑。君と同じ高校二年生だ。よろしく」
困りに困った俺はとりあえず自己紹介をすることにした。だって、そもそも直接話したことないし。大事!自己紹介大事!
「え、えっと…若菜莉乃…です…」
うーん。自己紹介が終わった…どうすればいい?よ、よく思い出すんだ!何かないか?過去に参考になるようなアドバイスをもらってたりはしないか?…あ、
『いいか?女を落とす時はな、女の感情を予想することが大切なんだ。困り顔をしているときはなるべく優しく話しかけてやり、同情してやるんだ。女ってのは共感と共生の生き物だからな。ガハハハハ!』
極限状態の俺は酔っぱらっているときに言っていた院長の戯言を思い出した。
優しく…同情的に…
「災難だったね。若菜さん。暴漢に襲われるなんて。でも安心してほしい。ここは安全だし、警察にも動いてもらってるから君を追っていた暴漢も捕まると思う。とりあえず落ち着くまではここにいると良いよ。氷雨も時久もすごく強いからさ」
「えっと、あの…」
「心配しなくてもしばらくすればまた学校にも行けるよ。ぐっすり寝て、全部忘れちちゃえば、またいつも通りの日常に帰れるさ」
「……」
あれ?何で若菜さん青ざめてるんだろ?
「事件が落ち着くまで不安だったらしばらくは俺らが君を警護してもいいからさ」
「…あの!大船君は」
「紫苑でいいよ」
「……紫苑君と氷雨さんや笹山さんはどういう関係なのか聞いても…いい?」
「んー、腐れ縁ってやつだね」
「…さっき氷雨さんから組織に入らないかって聞かれたの」
「は?」
組織?組織って、秘密結社もどきか?氷雨が話したのか?マジかよ…あいつは真面だと思ってたのに!まさか、この期に及んで他のやつを仲間に加えようとするなんて!まずいって。収拾がつかなくなる。
「やめた方がいい。ここで何も聞かな方ことにすれば、君はいつもの日常に戻れるんだ!」
「でも、ここで引いたら後悔する気がするんです!紫苑君が優しいのも肌で感じることができました。だから、入ります!私を仲間に加えて下さい!」
…いや、何で?