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果ての都市に集うモノ  作者: ユイノミヤ
第1章 見出す者
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3

 

 外はすっかり暗くなっていて、都市は街灯代わりの(ひかり)(むし)によって明るく照らし出されている。

 日本に属しながら、地球とは異なる世界の地でもあるこの果ての都市では、電気という動力はほぼ使われていない。

 普通の人間には感知出来ないという特性を持つために、都市へ向けた電力の供給が出来ないのだ。

 そのため、人が生活するために必要な動力は異世界の技術や知識に依存しているのが現状であるのだが、研究者達が優秀なためにこれといった苦労もない。

 ふわふわと漂うものは淡い光を放つ生き物。動きが鈍いので簡単に捕まえることが出来るが、触れられるのが苦手な生き物のようで、すぐに逃げて行ってしまう。

 確か、魔に属する者達が自分達の世界から持ってきて繁殖させた生き物だ。

 おかげで夜でも安心して出て歩けるのだが、残念なことに恩人である彼らの世界の名前を知ることはおろか、種族名でさえ分からない。世界は違えど、人間には理解出来ない響きを持つ名前らしく、何度聞いても人間である澪達は知ることが出来ないのだ。


  今日はここ最近の中では暇な方で、澪が駆り出されたのはいつもの施設内の雑用と夕方の一件だけだった。

  暗いとはいえ、こんな早い時間から帰宅出来るのは久しぶりでもあったので、澪はご機嫌だ。しかも今日は連れがいる。兄の恵一とラビア、そして響である。

  こんなに幸せでいいのだろうか、と思ってしまうくらいには幸せだった。

  神田家の敷地を入る頃には空腹でどうにかなりそうで、鞄の中から飴玉を取り出しては気休めに放り込む作業を繰り返している。もちろん響からは見えない位置で、だ。恵一からは微妙な視線を感じるが、気にすることはない。お腹が盛大に鳴ってしまうのを防ぐために、仕方なくしていることだ。好きな人の前で恥をかくわけにはいかない。

  中心部近くにある自宅は、通称神田邸と呼ばれ無駄に広い。家にたどり着く前に餓死するのではないかと何度思ったことだろうか。

  実際には驚くような距離ではないのだが、多忙な毎日を送る澪にとっては、少しでも早く休めるような普通の家に憧れていた。ーーと、いうよりも澪という少女はとにかく普通というものに強い憧れを持っていた。


「そうだ、さっきの子。恵一預かりになったから、澪も協力してね?」

「兄さん預かりってことは……、見出す者なんですか?あの子」

「そ。しかも、恵一みたいな特殊タイプかもしれないの。第一研究室と澪のクラス両方で様子見することになったのよ。ま、でもあの子は主にクラスの方ね」


  やっと到着した家に入るなり、ラビアに引き止められて今日案内した少年のことを教えられる。

  見出す者。しかも恵一と同じタイプかもしれないだなんて、なかなかに不憫な少年である。せっかく奇異の目で見られない環境に来たというのに、見出す者の特殊タイプだなんて苦労しそうだ。

  今日のところは使命についての説明や、都市や研究施設の詳しい案内をされているはずだ。外から都市へとたどり着く者はこの初日から数日にかけてが一番大変なように思う。

 

「あれ?でも第一研究室ってことは……、あの子もしかしてハーフなの!?」


  ぼんやりと聞いていたが、研究室という名前の意味を理解したと同時に頭が冴えわたる。

  この都市でハーフという言葉は重要事項の一つであるのだ。


「そういうことだ。澪は明日(みやび)ちゃんに紹介して、ついでに適当な時間に二人を連れて来るように。教師共には研究室経由で話を通しておくから」


  分厚い書類の束を抱え込んで、恵一はさっさと自室へ戻るようだ。上層部に押し付けられた書類の一部なのか、得意の調べ物かは判断出来ないがおそらく後者だろう。


「はーい。ってことは兄さん、明日からしばらくは研究室に?」

「そうだな。気が向いたら澪の授業に特別講師しに行ってやるよ」

「え!?」


  いきなり、爆弾を落とされた。言った本人は澪の反応を見られて満足したのか、ラビアに一言声をかけて自室へと向かって行ってしまう。

  響も同じように資料を両手いっぱいに持って、恵一の後を追う。二人で効率良く手分けして書類の整理でもするのだろうか。とっくに勤務時間は過ぎているというのに、相変わらず真面目というか、研究熱心な二人だ。信じられない。

  恵一と響の二人は基本的に施設内にいることが多いのだが、その身分は学生でも教師でもない。分類的には研究者と対象者となる。そんな二人が講師になって授業を受け持つだなんてーー想像、出来ない。


「フフ。あの二人の講義が受けられるだなんて、素敵でしょ?」

「もー、いきなりすぎる」


  これはとんでもない事態だ。事件と言っても過言ではない気さえする。どうしよう。

  兄の恵一はともかく、響が教育機関の棟にやってきて講義をするかもしれないなんて。貴重だとか珍しいだとか、そういう次元の話ではない。

  もしかして、今日珍しくラビアが響の傍を離れたのはこのことが関係しているのだろうか。


「貴女にとっては不本意かもしれないけれど。貴女の持つ使命があるからこそ、響はそこまで自由になったのよ?あまり嫌々言ってると、上層部の連中にまた意地悪言われちゃうわよ?」

「う……。響さんの為に精一杯、頑張らせていただきますぅー」


  不本意、のようなそうではないような。複雑な心境だ。

  澪が嫌うこの使命が、窮屈な中での暮らしを強制されている響の為になるならば、もう少しーーいや、最大限の努力をした方が良いのだろうか。

  ーー本当に、澪の努力次第で彼の自由度が上がるのだと、したら。

  きっと当たり前のように使命のこともあっさりと受け入れて、頑張れる。それくらい響のことを大切に思っているのは確かだ。

  しかしまあ、絶対に周囲の人達のように使命を受け入れることはない!……と決心してみんなに断言までしていたというのに。これでは呆気なく上層部の言いなりに成り下がってしまいそうだ。何だかそれはそれで、悔しさがある。


「もう。何だかんだで始祖の人達に丸め込まれてる気がする。本当に納得いかない!」

「仕方ないわ、この都市はそういう所だもの。それに、澪だって自分が簡単には外に出られないことくらい、分かっているんでしょう?」


  改めて言われるまでもなく、よくよく理解している。別に、過去に問題行動をしたわけではない。あれは澪の中では問題行動には分類されないのだから、問題ではないったらない。

  外の人間、というよりも外で生まれた人間は、資質さえあればこの都市に入ることが出来る。

  外の環境が嫌でこの都市を目指して来た者が多いため、以前の生活に戻りたいなんてことを言う奇人は見たことがないが、おそらくは自由に行き来出来るのでは、と言われている。

  逆に都市に生まれ、幼い頃から使命を言い渡された都市に住まうモノ達は、特別な許可と資格がない限りは外に出られない。数少ない許可証と資格を有する者は全員が特別な任務に就いていて、長期間、都市のために外で活動をしている者達ばかりだ。あまりにも任務に忠実なために、上層部の駒扱いされることが多い。

  そして都市の中で澪のような使命を持つ者は極端に数少ない。特殊な使命を持つ人間は、都市の様々な事情により、どう足掻こうとも外に出ることは叶わないのである。

  でもだからといって、外に行ってみたいと思う感情を捨て切れないでいる。澪は外への憧れを人一倍強く持っているのだ。そう簡単に諦めることは出来ない。


「それと。あまりに都市が退屈のようならば、暇潰しを用意してやろうと言ってたわよ」

「は!?今度は誰の発案なの……」

「それが、口止めされちゃって言えないのよねー。いい実戦訓練になるから心してかかりなさい、ですって。新人君がいるからしばらくは大丈夫だろうけれど、あまり油断しないことね」


  さらりと吐かれた言葉は、それまで浮かれていた澪を不幸のどん底に突き落としてしまった。

  冗談ではない。大体の予想はつくが、最悪の展開である。

  滅する者という思い描いていたものとは似ても似つかない使命を言い渡された時から、何かと都市の上層部とはやり合っているのだ。今回もどうせ、澪の日々の態度が気に食わないだとか、己の暇潰しのためだけに厄介ごとを引っ張ってくるに違いない。

  どうしてこうも厄介ごとに好かれるのだろうか。


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