2
「ラビアが離れるなんて、何かあったんですか?」
「さあ、何とも言えないね。まあラビアは恵一と主従関係にあるわけだし、今回は恵一関連の何かじゃないかな」
響は基本的に、先程出て行ったラビアという女性と共に行動している。
ラビアは名前の通り日本人ではなく、しかし外国人でもない。彼女は真っ赤な、一度見たら忘れられないくらい美しく印象的な真紅の髪を持っている。瞳の色も金色で、この都市の中でトップクラスの美女として知られている。
彼女はこの世界の人ではない。所謂、異世界人に分類されるのだが、普通の異世界人でもない。
詳細を語るにはまず澪の兄と、この特殊な都市について話をしなければならない。
兄の名は神田恵一。常にーーこれは主に始祖の会と呼ばれる都市の上層部との日々の争いが原因であるがーー不機嫌そうな表情をしている。髪は灰色で、瞳は澪と同じく紅色。澪が何かと上層部に突っかかるのは、この兄の背を見て育ったからとも言える。
ラビアを喚び出し、彼女との間に主従関連の契約を結んだ人である。
そんな兄の使命は、“見出す者”。
この都市において、そこそこの人間がこの使命を与えられているが、それぞれ能力の発揮の仕方が異なる。
失せものを見出す、可能性を見出すなど一口に“見出す者”とは言っても実に様々な能力に枝分かれするのだ。
恵一は、見出す者の中では特異なタイプだと言われていた。
この世界と関わりのない世界から生き物を召喚する能力を持つと予言されたのだ。
その能力が初めて発揮されたのが、都市で定期的に行われている適性試験の時であった。ついでに、兄自身が都市の上層部と揉めるようになったのも、この頃からだと聞いている。そして研究に興味を示し、貪るように知識を身につけていったのも、ラビアと出逢ってすぐのことだと。誰も好き好んで口を開くことはないが、この時に重大な何かが起きたと思われる。
次に、この都市について。
この地は、古くから異世界との繋がりがある特殊な都市であると言われている。しかも、ただ繋がりがあるわけではない。
互いにこの地を起点として、現在まで長きにわたり交流し続けているのだ。
複雑な話になるので詳細は省くが、この都市には複数の異世界出身者が暮らしている。基本的に昔から繋がりのある異世界以外とは交流がないのだが、稀に恵一のような能力を持つ者が都市とは全く関係のない世界から新たな種を迎え入れることもある。
そうしたサイクルを繰り返し、研究者達によって独自の技術や文化、能力などが発展・解明されていく。この果ての都市と呼ばれる地は、無限の進化を遂げる可能性のある何とも不可思議な都市なのだ。
「澪も、滅する者の仕事はどう?少しは慣れてきたのかな?」
「え。ああえっと、も、もちろんです!」
“滅する者”。
何とも物騒で凶悪なイメージのある名前だ。残念ながらこれが、澪に与えられた使命であった。
響の使命とは正反対だ。彼は確か都市の防衛に関するもので、始祖の会のメンバーによって厳重に管理されている。それはもう、どういったものなのかも一部の者達にしか知られないように。
対して、どこまでも正反対をいく澪は“滅する者”という使命を持っていることを都市の人々に広く知られていた。緊急事態時に備えてだと説明されたが、納得してはいない。
滅する者だと発覚した時にもショックで寝込んだというのに。何故住人全員に知られる事態となったのか、すべての元凶は始祖の会にある。
何かと都市の住人は彼らのことを尊敬し信頼しているが、澪は突っかかっていた。ちなみに、澪の兄である恵一も事あるごとに彼らと衝突しているから、きっと我が家の血筋はどう頑張っても彼らとは合わないに違いない。
第一、都市に縛り付けられて生きている自分が嫌いなのだ。少なくとも澪はそう感じている。
しかし自分の使命が気に入らない澪であるが、響にだけは心配させまいと何とか誤魔化した。そうこうしているうちに、研究室のメンバーが帰ってくる。
至福のひと時というものはあっという間に終わってしまった。
せっかくの貴重な時間だったのに、満足に話せなかったようにさえ思う。
「あら、澪。響とはたくさん話せたの?」
不満気な態度が表情に思いっきり出ていたようで、ラビアにからかわれる。
戻ってきた彼女は始祖の会のメンバーでも相手にしていたのか、どことなく普段とは違う独特の雰囲気を纏っていた。
兄である恵一が疲れたような顔をしているから、どうやら一悶着あったらしい。毎度毎度、都市の上層部と何を揉めているのか気になるところである。
珍しくラビアも口を出した様子から十中八九、響に関することで何か揉めてきたようだ。
偶然にも同じタイミングで上層部との争いに出くわしたと思われる不運な研究者達の表情も、疲労に満ちている。