見出す者
生まれ持った資質がなければ、感知することが出来ない場所があった。
生まれ持った資質のせいで、苦しむ者達が存在した。
世界を超えて集った者達はその地に拠点を築き、それぞれの世界の入り口を安定させていつしか定住するようになっていった。
そうして誰かが気付いた時には、世界に関係なく資質を持つ者だけを惹きつける、果ての都市と呼ばれる街が出来ていた。
その都市は、日本の何処かにある。正確な場所は、住んでいる者達にすら分からない。
移動しているのではないかと噂されることもあるが、それは都市以外で生活する外の人間の考えであって都市に住む者はそんなこと微塵も思っていない。実際のところは秘匿されているために何とも言えないが、何処かに存在しているということだけは確かだった。
この都市についてあることないこと好き勝手に語る外の人間であるが、基本的に彼らに関しては「たどり着ける者」と「たどり着けない者」、「招かれる者」のどれかに分類される。
資質がないものは招かれる以外に入る術がなく、また、招かれる者も非常に珍しいがために日夜、様々な憶測が飛び交っているのだ。
漆黒の髪に、長い睫毛。透明感のある白い肌は艶のある長髪と相まって、思わず見惚れてしまう美しさがある。少女の一族特有の紅色の瞳も珍しく、すれ違っただけでもしばらくは忘れられないくらいの強い印象が残る。
都市の中でも特徴的で可憐な外見を持つのは、神田澪という少女である。
澪は都市の中でもなかなかに多忙な生活を送る十六歳で、その多忙さが原因なのか、普通の生活というものに強い憧れを抱いていた。
彼女の一日の流れはこうだ。例えば、ある日は朝から自宅近くに位置する巨大な研究施設へと向かう。
ちなみに、特別な役割を持っていない都市の人々の大半がこの施設に通っている。それぞれ勉学に研究にと精を出し、都市の生活を維持・発展させるために日々努力し続けているのだ。
澪の場合はその広い敷地内の様々な場所で授業を受け、人の迷惑を一切考慮しない輩に呼び出されて雑用を押し付けられる。渋々と文句を言いつつも雑用を片付けるのだが、すべてが終わる頃には日が暮れていて、まともに授業を受けられないでいるーーというのが常態化していた。多忙すぎて不満だらけの生活である。
果ての都市には、学校という名の施設自体が存在しない。代わりに、研究施設の敷地内の至る所に小規模な教育機関がある。学ぶ必要のある者は各自で目的の棟へ行き、必要な知識を身につけるのだ。
そこで学ぶのは都市の歴史や人種についてであり、一般的な学校で学ぶような授業内容は一切ない。しかしそれもごく僅かな時間だけで、メインとなる授業は他にある。
使命と呼ばれる能力についての知識を身につける座学と、実技の授業である。
この都市で生きていくためには必要不可欠な能力であり、誰もが扱えなければならない力だ。
「それにしても、最近多いよねー。外の人達、頑張りすぎてない?」
「澪ちゃん、お仕事頑張って!あとは私らに任せていいよー」
またか、またなのか。もういい加減にしてほしかった。
普通の学校でいう放課後に相当する時間。その日最後の授業を受けた者同士でのんびりと片付けをしていた時のこと。
何処からともなく聞こえてくるのは、警報音だ。澪の気分が一気に急降下する音が、辺り一面に鳴り響いている。
せっかく珍しく友人との時間を取れたと思ったのに。
外に出ている奴らは、彼女達の言う通り頑張りすぎだ。外に出られたからといって、張り切りすぎているのだろうか。正直妬ましいけれどもーー、羨ましくもある。
「ごめん、あとはお願いね!」
慌ただしく荷物を詰め込んで、鞄を片手に窓を開ける。都市の中心部に造られた建物は、それ相応の広さと高さを誇る。澪が今いる場所も、地上からはだいぶ離れた高さではあるが、そんなことを気にしている場合ではない。窓枠に足をかけて、口煩い教師が来る前に外へ飛び出す。
重力に従って落ちることはない。外の世界ならばきちんと重力が働いているというが、澪にとってはこれが日常であった。まるで宙に見えない道でもあるかのように、躊躇いもなくすいすいと進んで行く。
「普通の女子は、宙を駆けて行くなんて発想自体が浮かばない……」
「まあ、澪ちゃんは何だかんだで非日常でしか生きられないのよね……。本人が気付いてるかどうかは怪しいけれど」
「でもマジで言ってるみたいよ?外の子みたいな、普通の人間になりたいって」
空を駆けて行く友人を見送りながら、残った友人達は笑い合う。
非日常の塊でしかない彼女が常々言う言葉を巡って、それを話題に盛り上がる。
友人達に話題にされているとは知らず、澪は警報音と共に連絡があった端末を確認して現場へと急行する。
駆けつけた場所には、地面に倒れる少年とそんな彼を優しく介抱しつつ見守る人々。通報者は彼らで間違いない。
「通報ありがとう。あとは任せて!」
簡単な引き継ぎをして、目を覚ますまで彼の観察と本部の報告に専念する。本部、とは言っても身内にかけるので気が楽だ。
本当は、「然るべき場所へ連絡しろ!」と耳にタコが出来るくらいに言われているが、澪はその然るべき場所に属する者が嫌いだ。身内でも済むならば、身内にかける。これで今日も昨日と変わりない小言をたっぷりと聞かされるだろう。憂鬱でしかない。
それから目を覚ました少年にさらっと説明をする。どうせ今丁寧に説明しても、無駄なのは経験上知っているので、本当にさらっとだ。
呆けた様子の少年を澪が先ほどまでいた場所に連れて行く。歩いて行くという選択肢は澪の中にはない。これもまた各方面からお叱りを受けそうだが、先程と同じように宙を駆ける。
人の行動に事細かに口を出してくる陰険な教師を振り切り、まずは第一研究室へと案内をする。
此処には常時二名以上が必ず在籍している。
都市の発展に欠かせない研究から怪しげな分野までを担う、各分野の天才達が集う場所だ。そこで簡単な確認作業を行って、次の場所へと少年を案内する。
それから様々な場所で手続きをした後に、少年を専門家に預けて唯一の癒しと言っても過言ではない人物の元へと向かう。
目的の人物は、少年を連れて一番最初に立ち寄った研究室にいる。
勝手知ったる何とやら。先程と同様にノックもせずに扉を開ければ、何やら困り顔が二つ。でもそれも、扉を開けた人物が澪であると分かった途端に消え失せた。
「今日も多忙だったわね、澪。お疲れのところ悪いんだけれど、響と一緒にお留守番しててくれる?ちょっと呼び出されちゃって。貴女がいるなら、安心して此処を離れられるわ」
急ぎの仕事が発生したようで、こちらに確認することなく出て行く。
足早に出て行ったのは、この第一研究室に在籍する中で最年長の女性だ。とは言え彼女の外見は若いし、ぱっと見ただけではとてもそうは見えない。ちなみに、澪にとっては歳の離れた姉のような存在である。
彼女を見送って、室内をしっかりと確認していけばゆったりと寛ぐ青年以外は確かに全員出払っているようだ。珍しい。
彼のことを任されて嬉しいのだが、非日常を嫌う澪にとっては何とも複雑な気分である。任された、ということは澪の毛嫌いする使命が正しく機能しているという意味で。
しかし、まあ悪くはない。彼は常に誰かと一緒に行動している為、こうして澪だけが独占出来るのは本当に貴重な時間なのだ。
「響さん。しばらくの間、お邪魔しますね」
「こちらこそよろしく、澪」
この優しい雰囲気を持つ青年こそが、澪の唯一の癒しである。色素の薄い琥珀色の髪に、空色の瞳を持ち、線の細い華奢な身体つきをしている。彼は加賀美響という兄の友人で、諸事情により昔から神田家で一緒に住んでいる。澪にとってはもう一人の兄同然の人であり、密かに恋心を向ける相手でもある。
毛嫌いする使命も、家以外の場所でも堂々と彼に関われるから、というだけの理由でこなしているのが現状だ。ただしこれは、目の前の真面目な青年には秘密にしている。
どういうわけか、彼以外には見事に筒抜け状態だけれど。分かり易い行動は控えているつもりなのだが、どうにも周囲には聡い人間が多くて困る。
響は特殊な体質と出自故に、この普通ではない都市の中でもかなり特異な立場にある人で、基本的に彼が一人きりになることは禁じられているのだ。
澪自身も制約が多く不自由な身の上だが、響はさらにその上をいく。
でも彼はいつだって微笑んでいて、不自由な生活を強いられているというのに不満なんて一切言わないのだ。
澪とは同じような環境なのに、正反対の考えを持つ人。澪が純粋に慕う対象でもある。
こんな日は滅多にない。今まで沈んでいた気持ちを切り替えて、澪は響との貴重な時間を無駄にしないように積極的に話しかけた。