後編
時刻は6時。部長から出題されてから約2時間も費やしてしまった。
しかし、その成果としてなんとか謎の答えにたどり着くことができた。
「まぁ、確かに答えにたどり着くことはできたけど……万が一にも間違えてたら少しじゃなくてかなり恥ずかしいな……」
時間をかけて何度か確認したが、それでもやはり間違えているのではないかと疑ってしまう。
何せたどり着いた答えは……
と、そんなこんな悶々と考え込みながら廊下を歩いていると、いつの間に新聞部の部室の前に来ていた。
僕が新聞部の扉を少しだけ開いて中を覗き込むと、そこには落ち着きなく部室内を歩き回る部長の姿があった。
「もう少しだけヒントを出しても……でもこれ以上は……一応ボイスレコーダーも持たせたし……」
などとブツブツ呟いている彼女をしばらく眺めている。
こうしていると普段の威厳のある部長としての姿も形無しだ。出来ることならばこれからもこの姿を陰ながら見ていたかった。
と、突然彼女は動きを止めて部室の入り口の方を向いた。
それはつまり僕の方であり……
僕の目と部長の目がぴったりと合う。
部長が目を見開き、しばらく口をパクパクとさせてから何とかしゃべりだす。
「あ、あらやっと解けたのね。予想以上に時間がかかって驚いたわ。あなたならもう少し早く解けるものだと思ったのだけれども、私のあなたに対する評価が高すぎたようね」
しどろもどろになりながらそんなことを言われても、なにも言い返せない。むしろ、好意的に見えてしまっているあたり、僕もどうかしてしまっているのだろう。
部室に入り、いつも座っている椅子に腰かける。
「それでは、今から僕の推理を聞いてもらっていいですか?」
「ええ、よくってよ。始めなさい。」
部長もいつもの椅子にすわり、僕の話に集中する。それを見て、僕は話し始めた。
「結論から言うと、この告白は田中さんのただの照れ隠しだったのだと思います。」
「照れ隠し……?」
「はい。照れ隠しの部分が謎となってしまっているだけで、その要素さえ抜いてしまえばいたって単純な告白なんですよ」
そして僕は部室に備えられていたホワイトボードに文字を書き加えていく。
それを見て部長がつぶやく。
「それは……50音表ね」
「ええ、そうです。そしてここから『照れ隠し』を抜いてやる必要があるんです」
そこまで言って、ぼくは田中さんと伏沼さんの会話を録音したボイスレコーダーを再生する。
伏沼さんの音声がボイスレコーダーから聞こえてくる。
「ええ、田中君。あなたの口からもう一度手紙の内容について聞きたくて。」
「この伏沼さんの発言から、伏沼さんは田中さんが伝えたいことをすでに知っていると思われます。そしてそれは、テストのことなんかでは決してないです。なぜなら」
思えば、紙媒体の方が真実にたどりやすかったのかもしれない。ふと、僕は思った。
「なら今からまた言おう。これからいうことに本当のことはないよ。」
「ここから発言された言葉はすべて『真実ではない』のですから、つまりここから最後までに発言されてない言葉こそが真実なのです!」
そういってホワイトボードに向かい、ペンを構える。
「伏沼さん、まずはこの言葉を送るよ。……なんと素晴らしい生徒だ!本当にわが校の栄光は伏沼さんのために輝くというのも過言じゃないね」
「『ふ』『し』『ぬ』『ま』『さ』『ん』……」
田中さんの言葉に合わせて、50音表を消しこむ。一文字一文字、間違えないように注意しながら。
「なんというか、やはり伏沼さんという人の魅力はどんな服装も着こなすその見た目だよ!浴衣も良いと思う!もちろん外見以外にも喧嘩早いところはないし普段の無駄なく流麗りゅうれいというか、落ち着いた所作そのものも素晴らしい!ベストオブ女子高生!誰だろうと最高だろうと思うよ!伏沼さんの事は!だから今度からまともにテストを受けようね!」
僕はボイスレコーダーの電源を切り、50音表に残された文字を消しこむ。
「『ね』!これで終わりです。……そして、最後に残った文字は四つです。」
黒板にのこされた平仮名は『あ』『き』『つ』『て』
僕はこの平仮名を並び替えて、ある言葉へと変換する。
「つきあて……つまり、『付き合って』です。これが、田中さんが伏沼さんに伝えたかったことです。」
「なるほど、これがあなたの出した答えなのね。流石新聞部の次期部長ね、面白かったわ。それじゃあ、今日はもう遅いし、帰るとしましょうか……」
そそくさと部長が話を切り上げて帰ろうとする。しかし、
「いいえ、これで終わりではありません。ここからが今回の本題なのですから」
僕は部長の話を断ち切った。
「え?……で、でもさっきので話は終わりでしょう?謎は解決したじゃない。」
驚く部長に僕はホワイトボードに書き加えながら答える。
「今のは田中さんの話ですが、もう一つ、同じトリックを使用している人物がいるんですよ」
「もう……一人…………?」
訊き返す部長に僕は告げる。
「部長のことですよ。」
「えっ!?気づいていたの!!??」
部長はがたりと立ち上がる。机の上のお茶をこぼしていることももはや気にならないようだ。
そして僕は部長から受け取ったもう一つのボイスレコーダーを再生する。
「ねえ、恋にその要素は必要だと思う?」
「部長の凄い点は、50音表だけでなく、濁音、半濁音まで含めている点です。」
文字を消し込むごとに部長の顔が赤くなる。「あ……ああ……」と小さく声を上げている。
「何が『プリティ☆(ほし)ラブ対絶世の美人探偵』よ。そもそも部長としては謎を絡めた回りくどい恋なんて煩わしくて嫌なのよ」
「まぁ、半濁音なんて使おうとして使えるものではありませんから、無理矢理な個所も出てきてしまいます。例えば、話題にするためにわざわざ『プリティ☆(ほし)ラブ対絶世の美人探偵』なんて読みもしない本を借りてきたり……ね?」
部長は口を手で覆い、言葉にならない声を上げて悶絶している。今頃恥ずかしさがこみあげてきているらしい。
本当にこの人は……推理する能力は素晴らしいが自分で謎を生み出そうとするとぼろが出てしまうタイプらしい。
「そうなのだけれども、たまにそういう趣向をこらそうと変な真似をしてる人がいるでしょ?私はそんな現実には起こりえない、あからさまに創作じみているというかテンプレだというか……そういうことを何ていうのかしら、現実で起こされても感動できないのよね。漫画でよくあるエッチなシーンを見て鼻血をドバドバ吹くようなものもそうね、心に響かないのよ。」
「それにぼくと会話することをシミュレーションした手間を考えると、ほかにも何パターンか考えていたんでしょう。とてつもない労力がかかったんだと思います。」
一応先ほどからフォローを入れているが、部長は耳をふさいで「あー!あー!」と叫んでいる。
そんなに恥ずかしいのならもっと直接伝えてくれたらよかったのに……
「語学室の裏よ。よく外国人ボランティアの人がパーティを開いてるし、怪しい取引の現場にもなっているから、何かしらの情報を得るにはなかなかグッドな立地なのよ。」
「何より申し訳ないことは、女性である部長の方からこんなアプローチをしてもらったのに、僕は全く気づかずに部長に対して怒ってしまったことです。本当にごめんなさい。」
部長は放心したように外を見ている。が、こちらの様子をチラチラと伺っており、全然誤魔化せていない。
「うちは実績があまりないからね。普通なら部費がほとんどもらえないのを便宜を図ってもらうためには何でもしてるわ。力づくの手段もね。まあ黙ってなさい。10分程度だから。」
「……これで終わりですね。部長が伝えたかったのは、この2文字です」
少々汚くなったホワイトボードには、二つの平仮名が残されていた。
『き』と『す』。つまり、『好き』。
くるりと振り向いて、部長を正面から見る。
少し落ち着いたのか、部長の顔はもうあまり赤くない。だが少しばかり涙目になっている。
僕も、部長の告白に対して真摯に答えなくてはいけない。
彼女が言っていたように、回りくどいことをせず、直球的に。
「僕も『好き』ですよ、部長。ずっと前から『好き』でした。」
僕ができる最大限の笑顔で部長に微笑む。
それを見て部長は泣き出しながら笑う。
「ありがとう。わたしもあなたのことが『好き』よ。」
彼女の声にはうれしさがあふれていた。
「それにしてもおしいわね、それは正解に限りなく近いけれど、それだけじゃ完全な正解とは言えないわ……」
「えっ……?」
これが完全な正解じゃない?
「『好きです』?いや、『で』はすでに使ってるし…もしかして偶数回使ってる文字も重要で、これらを使用したらまた別の文章が浮かび上がってきたりだとか……」
「そういうことじゃないわよ!肝心なところではまだ駄目駄目ね、あなた……」
「今回はわたしが答えを教えてあげるわ。つぎからはあなたがリードするのよ、分かったわね、彼氏君?」
「え、あ、はい。」
流れのまま頷く。それを見て部長は二コリと笑った。
そして部長は僕に顔を近づけてきた。
柔らかい感触が唇に伝わる。
―――ああ、なるほど。
文字の順番が違っても問題なかったわけだ。
『すき』でも……『キス』でも……
これにて完結です。
お読みいただきありがとうございました!