私、二歳になりました。
「御誕生日おめでとうレティ!」
「ありがとう、お母様」
遂に誕生日が来た。
母とアレッサがこの日の為に色々準備していたらしく、部屋はとても華やかな飾り付けが施されていた。
父も少しだけ準備に加わったらしいけれど、やっぱりその職業柄あまり時間は取れなかった様だ。
因みに今日も仕事で王都へと行っている。
転生してから約一年、両親の目を盗んでは語学に励んだ。
わからない単語はアレッサに聞いて、なんとかこの世界の五十音の様なものを覚える。
そう言うことを繰り返して培ってきた努力は、一人で読書ができる程度の知識を得ると共に報われた。
やっぱりこう、会話は出来るのに読み書きが出来ないってなんだか変な感じだったからなあ。
勉強は嫌いな訳ではないけれどやっぱり一から何かを覚えるって言うのは何かと気力を使う。
二歳の誕生日に両親を驚かせたいとい願いを一緒に叶えてくれたアレッサにも感謝しなければいけない。
自分の仕事もあると言うのに嫌な顔一つせず付き合ってくれたのだから。
「はい、先ずはこれ」
「ブレスレット?」
「ええ、二歳になったら皆、この腕飾りをつけるのよ。
外に出る様になったらこれが自分の身分を証明するものになるの。
無くさない様に、ちゃんと付けておくのよ」
そう言って渡されたのは細い装飾の施された、おそらく銀で出来た腕輪。
これが身分証……?なんて言うか、壊して落としてしまったらどうするんだろう。
「ちなみに、それは特別な魔法が付与されているから簡単には壊れないのよ。
そんな不安そうな顔をしないで、レティ」
相当不安そうな顔をしていたのか母が即座にそれを拭ってくれる。
それにしてもこれが身分証だったとは。
お母様とお父様が付けているのは分かっていたけれど、ラブラブなんだなあ、なんて呑気にそれを見ていただけだったからとても驚いた。
チラ、とアレッサを見ると何かを察してくれたのか軽く腕を持ち上げてメイド服の袖を引っ張る。
その袖から僅かに皮の様なブレスレットが覗く。
なるほど、身分を証明するって言うのはつまり自分がどの程度の位にいるかって言うことね。
なんだか身分によってブレスレットの素材が違うって言うのは釈然としないけれどそれがこの世界のルールなのであればそれに従わざるを得ない。
笑顔を浮かべて母に礼を言いそれを受け取った。
「ああ、待ってレティ。
プレゼントは別にあるのよ」
「え、そんなにくれるの?」
「さっきのは皆がつけるべきものですからね。
プレゼントとは呼べないわ。
さ、その可愛い右手を貸して頂戴、レティ」
そう言って母が私の右手を取り何かを持たせる。
何を持たせたのか聞く前にそれが指輪だと言うことがわかった。
それも、見た目かなり高級そうなもの。
なんの混じりっ気もない透き通る様な透明な石が嵌め込まれた指輪。
装飾こそシンプルなもののそれが醸し出す上品さと高級感は先ほどのブレスレットとは比べ物にならないものだった。
「わあ……」
「それは私のお母様から譲り受けたもので、とても貴重な石がはめ込まれているらしいの。
でも、鑑定士さんに見せてもなんの石かわからなくて……けど綺麗な石でしょう?」
「とても綺麗……だけどお母様、そんな貴重なものを貰ってもいいの?」
「勿論よ。
私も二歳の誕生日にお母様からいただいたものなのよ。
子供が出来たら二歳の誕生日に絶対プレゼントしようと思ってたのよ。
長年の夢が叶ったわあ……」
物凄く嬉しそうに笑顔を浮かべる母を見て、なんだか私も無性に嬉しくなった。
それにしても、鑑定士でも鑑定ができない石か……
なんの石なのかわからないけど、私に鑑定できる様な知識はない。
そんなことを考えていると突然視界にポップアップの様なものが表示される。
覚えた言語知識を使うまでもない。
これは、日本語だ。
------------------------------------------
鑑定結果。
???の指輪 ⇒ 女神カトレアの指輪[ 3 ]
古より世界に君臨していた女神の指輪。
現在では主人を失いその力は僅かにしか残っていない。
魔法ストックアイテム。
------------------------------------------
………………うん?
つまり、ええと、これは、とても凄いアイテムなのでは?
驚いて目を見開いていると母が不思議そうな顔をした。
「あら、どうしたの?」
「え?えっと、その……とっても嬉しいわ!」
鑑定士でも鑑定できなかったものを私が鑑定してしまうとは。
咄嗟に嘘をついてしまったけれど、僅か二歳の子供が鑑定できましたなんて言っても信じてもらえないだろう。
それにしても、こんな指輪を持っているなんて、お母様のお母様……
つまり、私のお祖母様は一体何者だったんだろうか?
とんでもないものを貰ってしまったと頭を悩ませていると、部屋の外から慌ただしい足音が近づいてくる。
お母様とアレッサが表情を明るくさせる。
その僅か数秒後に部屋の扉が思い切り開け放たれた。
目をかっぴらき、荒々しい呼吸をし、物凄く恐ろしい表情で現れたのは紛れもない父だった。
思わずちょっと漏れそうだった。漏らさないけど。
「………………すまない」
「えっと?おかえりなさい、お父様」
物凄く怖い顔で物凄くしょげた様な声色を出して父が謝る。
首を傾げている私に母が言葉をかける。
「愛娘の誕生日なのに仕事が入ってしまったのが相当ショックだったらしいのよぉ」
なんと言う親バカ。
話を聞けば丸一日かかる様な仕事を鬼の様な形相で半日とちょっとで終わらせ、父の働く王都から馬車で二時間半は掛かるであろうこの家まで魔法強化した自分の足で走って帰ってきたらしい。一時間くらいで。
もう一度言いたい。なんと言う親バカ。
父曰く、馬車なんて遅いものに乗っていたら私の誕生日が祝えなくなってしまうそうだ。
お父様気をしっかり、まだ夕方前です。まだ午後四時です。
聞けば、父は所謂魔法戦士らしく魔法も武術もある程度の心得があるらしい。
道理で筋肉隆々だと思った……
「お父様、お仕事は仕方ないです。
謝らないで、こうして帰ってきてくれただけで嬉しい」
そう告げると何時ぞやと同じ様に父が思い切り自分の顔にパァン!と手を当てる。
母によるとこれは幸せを噛み締めているときによくやるらしい。
手を当てた部分だけ相当赤くなっているんだけど、痛くないのかな……
父は気を取り直して、と言う風に咳払いをする。
それから何やら探す様に自分の洋服を触るものの目当てのものがないのか物凄い速さで手を動かしている。
かと思えば、突然動きを止めてこれまた物凄い速さで部屋を出て行ってしまった。
ポカン、と一人間抜けな顔で残された私と呆れた様な母、苦笑いを浮かべるアレッサ。
本の数分経たないうちにまた先ほどの凶悪な顔をした父が部屋に帰ってきた。
その手には先ほどまでなかった小さな箱が今にも握りつぶされそうに収まっている。
心底安心した様な父はその箱を私に差し出した。
「……誕生日おめでとう。ヴァイオレット」
「ありがとう、お父様」
小さな箱を受け取る。
私が開けるのを待っているのかソワソワとどこか落ち着かない父が可愛らしい。
箱を丁寧に開けてみるとそこにはこれまた美しい装飾の施された二つの髪留めが入っていた。
思わず息を飲む。
輝くそれは今まで見たことのないものだった。
目を輝かせていると、突然後ろから小さく息を呑む声が聞こえる。
振り返ってみると母が酷く目を輝かせて私の手にある髪飾りを見ていた。
「貴方、これ、これってミスリルじゃありませんの……?」
「うむ」
「ひえっ……」
ミスリルってミスリルですよね?あのミスリル?
父はどこか誇らしげに胸を張っている。
いやいやいやどこの世界にプレゼントでミスリルのアクセサリ送る人がいるの?
この世界ですねそうですね。
私が唖然としていると父がじっと私を見下ろしてくる。
「……」
「……っあ、ええと、ありがとうお父様、凄く綺麗で、あの……に、似合うかしら」
「似合うとも!!」
「ひえっ……」
すっごい目を引ん剝いて肯定された。
お母様の反応からして凄くいいものなんだろうけど、本当に貰っていいんだろうか。
そんなことを考えていると後ろから手が伸びてくる。
驚いていると今度は頭上から母の声が聞こえた。
「髪、結いましょうね」
「……はい!」
もうなんだか考えるのが疲れたので放棄する。
娘にあげるくらいだし、なんか貴族なら手に入られるとかそんなんだよねきっと。
鼻歌交じりに髪を結ってくれる母を尻目に父へ再びお礼を言う。
父の満足げなその様子になんだか気が抜けた。
低い位置で所謂、二つ結びをしてもらった。
やや長めの髪がまとまってスッキリする。
髪留めを皆に見せびらかすようにくるくる回って見せるとアレッサが軽く拍手をしてくれた。
先ほどの悩みは何処へやら、ルンルン気分でいると今度はアレッサが私に近寄ってくる。
首を傾げてアレッサの顔を見つめると少し恥ずかしそうに視線を泳がせた。
「アレッサ?どうしたの?」
「いえ、あの、お嬢様に、これを」
ぎこちない動きで渡されたのは私にはちょっと大きめのストールだった。
深い緑でとてもシンプルなもの。
どこか可愛らしいそれに思わず笑みを浮かべるとホッとしたような表情を返された。
「喜んでもらえたみたいで、良かったです。
頑張った甲斐があります」
「え?これ、アレッサが作ったの?」
「はい……やはり、使用人の作ったものは、ダメでしょうか」
「ううん!そんなことないわ。私、とても嬉しいのよ。
こういうものを作れるなんて、凄いわ」
そう告げるとアレッサはまた恥ずかしそうに、しかし嬉しそうに笑った。
それから私の誕生日ケーキを食べる。
こちらの世界には誕生日ケーキにろうそくという概念はないようだ。
なんとなく物足りない気がしたものの、美味しいケーキを頬張る。
いつも楽しそうな母、威厳のある父、優しくしてくれるアレッサたち。
前世よりも幸せなその空間に、思わず涙が出そうになる。
「ありがとう、皆。私、とっても幸せだわ!」
そうして私は二歳を迎えた。