私の異世界転生生活ー女神の加護を添えてー
私は、所謂天才だった。
一度見たり聞いたものは忘れないし、勉強も運動も一般平均より出来た。
お料理もお裁縫もなんでも出来た。本当に、自分でも嫌になるくらい出来た。
そんな私を見て両親は大いに喜んだし、周りの大人も皆私を褒め讃えた。
子供の間では諍いも起きてしまったけれど、やっぱり最後には大人が出てきてその場を収めていた。
私の人生は生まれてから今までずっと、なんの苦労もなく障害もない。
ただただ何もない真っ新な道を歩いて、歩いて、ひたすらに歩き続ける、酷く退屈なものだった。
ただ一つ、天才と謳われた私は物凄く運が無かった。
一日一回は必ず転ぶし、ハサミを持ったクラスメイトの不注意で何度か髪が切れたり、お気に入りの髪留めをつけている時に限って失くしたり。
挙句、中学生の時にはふざけていた学生にぶつかり階段から転げ落ちて入院する羽目になった。
高校3年の頃、両親の仲が上手く行かなくなり徐々に家庭も壊れ、母は私に過度な期待をして父は暴力を振るうようになった。
そうして迎えた大学2年の冬、私は暖かな家族を失った。
例を挙げるとキリがない。とにかく私は運がないのだ。
両親の離婚後は母に引き取られ、期待を一身に背負い世間体を気にする母のために幾つかの資格も取った。
それから大学卒業後、特に何になりたいという夢もなかった私は大手企業に入社した。
その会社がまた酷いもので明らかに1日の仕事量でない量を明日までにやってこいと押し付けられる。
個人の能力のことなど御構い無しに。
きっとこれは初めの内だけ、そう思いなんとか終わらせていたが半年経った辺り。
私と同時期に入社していた同僚の数が半分程にまで減っていることに気がついた。
私は見事に逃げるタイミングを失っていた。
残業代も出ない、家にも帰れないこの状況を劣悪だと判断し母に仕事を辞める旨を伝えたらそれはもう激怒された。
「大手企業を辞めるだなんて、ご近所さんに何を言われるか」
世間体を気にする母らしい言葉だった。
そうして私は母の見栄のために働くことにした。
特別やりたいこともないこの状況で一番いい選択肢はきっとここまで育ててくれた母に恩返しをすること。
そう思って身を粉にして働いた。母のために。
そんなとある日、休みなく働いて疲れて帰った私を待っていたのは家に上がり込んだ強盗だった。
片手には血に濡れた包丁、床には母と思われる人が転がっている。ジッと、その姿を見つめる。
これは、逃げなければいけないやつなのでは?
そこまで思考が行き着くのに暫くの時間が掛かった。
動かなかった身体を無理矢理動かし玄関の扉を開ける。
外に出ようとしたところで自分の視界がやけに低いのを感じた。
頭を働かせて考えてみると、すぐに私が玄関に倒れ込んでいるのだということが分かった。
ああ、私はこのまま死んでしまうんだろうか。
なんて退屈な人生だったんだろう。
大して人の役にも立たず、なんの目標もなく生きてきた人生。
叶うならばもう少し、
「人の役に立つ人生を送りたかったなあ」
「それが貴方の望みですか?」
「……やだ、幻聴まで聞こえてきた。死んじゃうのかな」
「安心してください。
幻聴ではありませんし、貴方はもう死んでいます」
その一言に思い切り目を開いて起き上がる。
目の前に広がっている風景は私の家では無かった。
夢なのだろうか。自分の頬をつねって見る。痛かった。
「何をしていらっしゃるのです」
いつの間にか私の隣に立って心配そうにこちらを覗き込むギリシャ神話に出てきそうな服装の、超絶美人なお姉さんに声をかけられてしまった。
「いえ、夢ならば痛くないのではないかと思いまして」
「そういうことですか。安心してください。夢ではありませんよ」
「夢の方が良かったなー。
なんていう私の淡い期待は儚くもぶち壊されたみたいですね」
「それはそれは申し訳ありません。
所で貴方の望みは人の役に立つ人生、でよろしいですか?」
「え?ああ……まあ、何もない人生だったので」
そうですか、と目の前のお姉さんは私に微笑みかけながら何度か頷いている。
なんなのだろうこの人は。そして私はどこにいるんだろう。
「ああ、ここは天と現の狭間ですよ。
貴方の望み通り、女神である私が人生をプレゼント致しましょう」
「……はあ」
何を言っているんだろうこの人は。
女神?人生をプレゼント?何が何だかわからない。
けれど、夢ではないこの真っ新な空間ではなんだかその言葉が信じるに値するものだと思ってしまう。
「女神リーベの名において浅賀 奏を異世界リュノールへと転生させましょう」
「……転生?」
「ええ、転生です。貴方はリュノールでもう一度人生をやり直すことが出来ます。
貴方の人の役に立つ人生、とても楽しみにしております」
「え、あの」
「心配なさらないで。私の加護も授けます。特別ですよ?
ステータス面にちょこっと手を加えますね。ああ、そうだ。
貴方魔法はお好き?」
「え、うん?ええっと、ファンタジーの類は好きですけど」
「そうですか、なるほどなるほど」
何やら一人でブツブツと独り言ちる女神と名乗るお姉さんを見つめる。
なんだか私の転生だという割には私よりもお姉さんの方が楽しそうなんだけどなんなんだろう。
何もない空間を指でいじっていたお姉さんが顔を上げた瞬間、私の身体が一瞬強張って動かなくなる。
相変わらず笑顔を浮かべたお姉さんが私の方に来て白くて綺麗な手で私の髪を撫でた。
それから何かを呟く。お姉さんの掌からは光が溢れている。
身体も動かず声も出せない私は為す術なくその眩い光に包まれた。
……………………
眩い光が徐々に収まる。そこに先程までいた浅賀 奏の姿はない。
そこにあるのはただ不敵に笑みを浮かべるリーベの姿だけだった。
女神は上機嫌に踵を返し軽い足取りで歩いていく。
パチン、と女神が指を鳴らすと傍にふんわりとした座り心地の良さそうな椅子と大きな机、その机に並ぶティーセット。
それから少しして真っ新な何もない空間に巨大なモニターが現れた。
「さぁ、浅賀 奏さん。人の役に立つ人生を満喫してくださいな。
……そして、私の役にも、立ってください」
女神は笑みをうっすらと浮かべたまま言葉を並べた。