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nearly いこーる?

作者: 秦 元親

 

 私はどうやらもう駄目らしい。

 と言っても、もう2年その駄目らしいを続けてきた。

 自分は自分を汚し壊し続ける病魔について良く分かっていない……。いや、これでは多少の語弊がある、ちゃんと説明も受けたし知識も付けた、それについて理解もした。

 でも結局は私も医者もこの世界の人間誰一人としてそれを分かってはいない、未だに理解に至れていない。

 分かっていないから治すことが出来ない、理解していないから私は毎日を死刑囚のように曖昧に生きている。


 明日(死ぬ)かもしれないと2年以上誰かに宣告され、良く知らない人間に憐みの眼を向けられ、良く知った人間には諦められてきた。

 

 私自身ですらもう……。


 最初のうちは元気になったら何をしようか、自分がこんなことにならなければ今どこでどんな事をしていたか、そんな事ばかりを考えていた。

 そんな事ばかり考えて悲しくなった。

 悲しいから考え方を変えた。


 今自分がどんな死に方をしたら人は悲しんでくれるだろうか? どんな酷い人生の幕の閉じ方をしたら他人は本当の憐みを向けてくれるだろうか?

 

 どんな死に方をしたら私は一人じゃ無くなれるだろうか? どういった死に方をしたなら家族は私の後を追ってきてくれるだろうか?

 別に私は父や母との関係は悪くない。ただ悪くはないからこそ2人は受け入れることが出来ないんだろう。

 私の事を直視できないから、私と同じで対処法も無くどうしようもないからちゃんと向き合うことが出来ないのであろう。

 

 何時かは死ぬ、長くはない……。 とっても曖昧な言葉。

 明日死ぬ、5時間後に死ぬ、もしそうならきっと2人はちゃんと向き合ってくれただろうに、ちゃんと私が人からモノへと変わる瞬間を見届けてくれただろう。

 

 ヒトリハサミシイ。

 私は曖昧な日々を過ごしすぎた。自らの命を引きに引いて伸ばしすぎた、頃合いでモノへと変われなかった。

 だから……。

 だから、こんなことに。


 ヒトリハサミシイ、ヒトリデシニタクハナイ。


 明日も私は生きている、多分明日も私はこの病院の一室に私としている、そう思われすぎてしまった。

 でも分かる、私には分かる、医者以上に詳しく分かっている、看護師も家族も信じなかったけど分かってしまった。私はもう駄目だということが、来年を迎えることが出来ないということが。

 これもかなり曖昧な言い方だ、まだ年が変わるまでに何日かはある。正確には今日まで、私が眼を閉じ眠りに落ちるまで。

 きっと……。 絶対に、二度と私が目を覚ます事は無い。

 

 どんなふうに死のうか幾億と考えた、死ぬのだって怖くはなかった。

 練習では、想定では。

 所詮は全部机の上で、頭の中の楽観的な話。

 死にたくない、生きていたい、普通に生きていたかった、普通に愛され、普通に誰かを愛したかった。

 叶わない、叶えられない、叶う事は無い。

 

 実を言えばもう私の眼は見慣れた病室なんてのは映していない、飽き飽きしたあの光景がいまや愕然とした冗談と適当ばかりの歪んだ世界になっている。

 これを見たとたんに自らの生きたいという気持ちが正しく必死に暴れだした。どこかで必ず死んじゃうくらいに、それは何処かでは必ず死んじゃうんだ。


 抵抗を止めた瞬間に私はモノだ。

 この眠たい夜を明かしても何処かでは必ず死ぬ。今日になるか明日まで持つか、独りで死ぬか誰かの前で死ぬか。

 

「しにたくないよぉ」

 全ての気持ちを言葉にしてみる。全身の力が抜けていくし、呂律が回らず、耳も微かにノイズがかった何かが聞こえるくらい。

 私は私の言いたい言葉を言えているかも怪しい所。

 頭だけが冴えて現実を痛いほど突き付けてくる……。いや前言撤回だ、もう頭もどうかしてしまったみたいだ。


「こんばんわ」

 この薄暗く冷たく、熱いほど温かい部屋に神々しく輝く青年が何もかも超越しきった顔で私を見つめるのである。

「てんし…… さ、ま!?」

 ああ、ついに来てしまった、覚悟はしていたけれども。

 目の前の神の使いは病床の痩せ細った私に憐みの目を向けた。それは今まで向けられてきた一方的な憐みなどではなく何処か暖かく言いようのない何かを感じる。

 死神では無くて良かった、話に聞くような痛く怖い思いをしながら死ななくて済みそうだ。


「残念ながら私は天使などではないよ。寧ろ逆、この世に神様というモノがいるならその神が作った理に背を向けたのが私だ」

 真夜中の冷たい風が久々に刃を向けてくる。閉め切られた、閉鎖的な、監禁と紙一重のこの部屋に何者かは自由を与えていた。

 

「どうして……。貴方はそんなにキレイなのに」

 男は首を振る。

 禍々しく黒々とした、無造作に汚され尽くした赤黒い翼が私の目の前で広がった。

 風が残酷な翼の一部を此方に忙しなく送りつけてくる。


 そこで私は気が付いた。それで私はふと見えてしまった。いつしか私は理解してしまった。


 この天使が自らをその逆だと称した訳を。それが天使ではなく堕天使とか悪魔とかその手の類だというモノだということに。

 無理やり自身を黒々と表現しているそのモノの頬に目を引くそれは……。


「その痣は一体?」

 青く、そして赤く。白い肌に痛々しく残った青紫色の印。

 壁に囲まれ文字通り箱入りで育てられた私は何故だか天使だか悪魔だか分からないそのモノに妙に人間らしさを、妙な懐かしさを感じてしまったのだ。  

 

 キレイ、ウツクシイ。


「ああ、これか……。ああこれね、これ……。やっぱり俺は駄目だわ、この姿でもこんなのが根付いてしまっている」

 氷の様な、人間が欠片しかなかったモノが、急に困った顔のままこっちまで虚しくなってくる笑顔を見せ少年の姿に変わる。

 天使も悪魔もここにはいない、ただの何処にでもいそうな少年が目の前に佇んでいる。

 

「お迎えに来たんじゃないの?」

「いいや? 俺はお前を弄びに来たのさ」

 少年はいたずらをする子供のように無垢な笑みを見せる。


「俺と契約すればお前はこれから先を見ることが出来る。今と比べれば随分と有り余る時間を持つ事だって出来る」

 それはとても魅力的で甘美な誘い、契約と言う事さえ聞かなければ今すぐにでもそれを望んでいただろう。

 少年は契約といった。彼は無償の奇跡を起こす気などないらしい。

 彼は自らを天使ではないと言う、契約には代償がつきもの。


「お前は生きたいか? どんなことをしてでも、どんな目に遭っても、ここからどうなろうとも……」

「いきたい、ひとりはいやだ、ひとりでしにたくはない」

 死ぬのは怖い、死ぬのは嫌だ。今になっても、クモの糸を垂らされれば迷わず私はそれに縋る。

 たとえその結末を知っていようが。


「なら辞めた方がいい、それならば一人で死んでしまった方が何倍もマシだよ」

 少年は恨みの様な悲しみの様な何とも言えない負の感情をチラつかせる。

「なんで……」

「ここで死ぬのをズラしたならば、死よりももっと怖い孤独を味わう事になる。ヒトリハタシカニコワイ、でもあれを味わえば話は別だ」

「どういうこと?」

「さっき俺はお前を生かすといった、あれは厳密にいえばウソだ。お前は此処まで、どれだけ足掻こうが、俺と契約しようがお前は死ぬ……。だが、お前は死なない、お前は生きる、お前という存在はここで生きる」

 少年は恐ろし気に契約条件を口にした。


 ――私の記憶と引き換えに私であり私でない私はここで生きることが出来るというのだ。


「記憶といっても知識や教養、観念的なモノは残る、赤子のように無垢な人間になる訳ではない。でもそれが恐ろしい。何故だか分からないけど何故だか分かる、誰かには教えてもらっただろうけど何で知っているか分からない。そして孤独も知っている、独りということもしっかりと理解できてしまう」

 吹き付けてくる風によってか、少年の言葉によってか、ぞっとした。


「どうして貴方はそんなにも詳しく知っているの……」

「何故かって? それは俺も、前の俺が無責任に俺を生かしてしまったからさ」

「じゃぁどうして貴方は私にそんなことを……」


 少年は口ごもる。

 そして少年は顔を少しばかり赤らめ、微笑んだ。


「俺は最後にお前を助けたい。俺は駄目だった、でもきっとお前なら上手くやれると思う。こんなこと今の俺が言っちゃいけない無責任な言葉だが」

「サイゴ?」

 ワシワシと頭を書き毟っている。

「ああ、言っていなかったな。ここで生き永らえてもお前は33歳で死ぬし、普通は33までには誰かにこの力を渡さなければならない。俺の事もその状況も忘れてしまうけれどそれだけは覚えている」

「力を渡したら、力を無くした貴方は……」

「お前が生きたいというなら、俺は死んでもいい」

 自分の為に誰かを殺すことなんて出来ない。それにこの少年は姿形は幼子だけれども内面はどこか自分と同じに見えた。

「俺の事は考えなくていい。お前が拒否しても結末は変わらないよ」

「なんでそんなことを……」

「俺は俺を演じることが出来なかった、ただそれだけ。それだから周りにも前の俺じゃないって事が直ぐバレた……。そうなればコワいぞ……」

 少年は、いや彼はガクガクと震え息を漏らしながらも唇を噛み、その先を言葉にした。


「愛なんてもんは簡単に何処かへ行ってしまう。それも自分がそいつを象った偽物だとバレてしまったら二度とこっちに同じ目は向けてはもらえない。恨み辛みの自分が望まぬ感情なら容易く向けて貰えるようになるが」

 

 ――俺はあそこで死ぬべきだった。


 長々とした後悔だけのその言葉。心の何処で彼は私が死ぬことを祈っている、心の片隅では彼は私が生きることを願っている。

「やっぱりお前は止めておいた方がいいかもしれない。だってほらこの世界って……」


「後悔ばかりだった? 生きてて」

「基本的には後悔ばかりだったよ、でもほんのちょっとだけ良かったこともある」

 彼は無理やりに微笑んだ。

 

「さっ、そろそろ時間だ。お迎えの時だ、お前も俺も。最後に聞いておきたい事でもあるか?」

 先ほどの意味深な言葉を掻き消すように彼は脈絡も何かかもをぶち壊し終わりに持っていこうとする。

 あながち彼の言葉は間違っていない。


 自分の残りの灯の殆どを使い果たし言葉を聞き、質問を投げた。本当はもう少し貴方と話をしてみたかった。

 だって貴方は……。


 私はとっても無責任だ、自らの生死をとても重要な事の選択を彼に委ねる。これは人生最後の悪戯に見せかけたハッタリ。

 私の願いはもう叶った。

 願いをかなえてくれた貴方に命を懸けたお返しを。


「私のサイゴに立ち会えてよかった? ――君。バレバレだよ、それとも態とバラしているのかな」

 いろいろと装ってきた彼は今の不意打ちに驚き、間抜けな面のまま固まってしまった。ちょっと悪戯にしては可愛げもなく質が悪すぎたみたいだ。


 やっぱり貴方は演じるのが下手ね。


 ――いや……。よくなんかない。


 今にも泣きそうで細々とした声で呟いた。

 彼は私に変わって選んでくれた、私はやっぱり彼に選ばせた。


 そうだ、そうだ、きっとそうだ。


 彼は答えてなんていない、彼は回答を躊躇った。

 違う、私は彼の答えを聞き取ることが出来なかった。もう目も耳も見えていない、彼の答えを聞く前から私は彼が答える事を確信していた。

 彼の答えを聞かないようにした、聞こえていないフリをした。


 最初から答えなんて決まっていた。


 私はとても狡く弱い人間だ。

 ならば最後に、最期の力を振り絞ってこういうだけだ。


 っっ――。

 その一瞬で私は彼が歩んできた苦難の道と私がこれから歩であろうその不可思議で想像すら適わない道に想いを馳せた。


「さぁ決断の時だ、お前はどうしたい」


 やっぱりコワイ。


「私は……」



  

 

 

 

   


  

  

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― 新着の感想 ―
[良い点] 生きること、死ぬこと、死ぬべき時に死ななかったこと、いろいろと考えさせられる内容でした。おもしろかったです。 [一言] 執筆活動頑張ってください。
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