年越し
慌ただしく歳の瀬もせまり大晦日になっていた。太は、自分でこさえた鶏の照焼と出汁巻き卵、切り分けた紅白のかまぼこ、出来あいの千枚漬けやら、栗きんとん、ごまめに黒豆の煮付け。それらを見栄えよく重箱に盛り付けた。こんな物でも上手に盛り付ければなんとなく納まりのつくもので、盛り付けられた重箱を手に取り、冷蔵庫の扉を開けた。そこには既に、下ごしらえを終えたお雑煮の具が、ラップに包まれた皿に鎮座にて、先客として最上部の棚を占拠していた。重箱を中段の棚に収め、「これで良し」と言いながら太は、冷蔵庫の扉を閉めた。リビングのテーブルは、今では布団が掛けられ炬燵にとって代わっていた。明日の今頃、この炬燵を挟んでお節と雑煮を食らう、勿論対面には修治が座っている。そんな元旦を、想像してのお節の下ごしらえだった。
初詣に会う約束は、既に取り付けてある。太は、出がけには、シャワーを浴び、髭を揃え髪型を整えた。そして、あらかじめ用意しておいた淡いピンクのシャツに、袖を通した。濃いグレーのジャケットとツインのパンツに着替えし、どうしても欠かせなかったピンク色のサスペンダーで、パンツを止めた。普段から玄関に吊るされている防寒用の黒いダウンを手にとり、マンションを出て、鼻歌交じりに車へと乗り込んだ。
修治の住んでいるほぼ横浜という街の最寄りの駅で、午後11時に待ち合わせをしている。待ち合わせの駅に少し早めに着いた太は、修治が未だ来ていないことを確認すると、駅から少し離れた場所で車を停車し、修治を待った。暫くしてスタジアムジャンバーにニット帽といういでたちの修治が、ルームミラーに映り込むのを見ると、車を動かし、震えながら立っている修治の横に車をつけた。太は、「待ちましたか?お坊ちゃま」と聞きながら運転席から降り、助手席の扉を開けて修治を、車中へとエスコートした。修治は、白い息を吐きながら。「太さんって、そうゆう演出好きですよね。」といって、苦笑と供に車に乗込むと車は、横浜港へ向けて出発した。
車中では、先ほどまで見ていた紅白歌合戦の衣装の話を、修治が得意げに話をしていた。太は、時折満足げに相槌をうってそれに応えた。車は横浜駅を過ぎ、桜木町に向かう手前で、軌道を外れ脇道へとそらせて停車した。時刻は、まだ23:55である。「着きましたよ、お坊ちゃま。」再び太は、おどけて見せた。車を降りると、小さな橋がひとつあり、太はゆっくりとしたペースで、橋の中央へ歩道を導いた。橋の中央では、レインボーブリッジが恥ずかしそうに半分だけ姿を見せ、大観覧車が視界の殆どを占領していた。観覧車の中央に据えられたおおきなデジタル時計が、23:59を表示していた。そしてデジタル時計が00:00を表示した瞬間、大きな観覧車のイルミネーションが一斉に点灯し、リズムと供に赤や、緑や黄色のネオンを、もって色々な幾何学模様の光を放ち始めた。そして横浜港に停泊している全て船舶が、一斉に霧笛を鳴らし始めた。レインボーブリッジからは、花火が打ち上げられ、二人の『An Happy New Year』を祝福してくれた。太は、感動しきりの修治の肩を抱き寄せ、二人は観覧車を背景に写真へと納まった。
「そろそろ次へ行こうか。」と太は、修治を車へと導いた。桜木町を抜け、山下公園の横を通り抜け、レインボーブリッジへと車を進めた。レインボーブリッジでは、渋滞が激しかったのでレインボーブリッジを外れるには少々時間を要した。そんなとき修治がぽつりと言った。「太さんて、案外ロマンチストなんですね。」太は、それには返事をせず。冷え切った修治の掌を、ただ握りしめた。
暫くすると車は、浜松町の増上寺近辺を流していた。勿論、初詣の場所である。太はあえて、増上寺の西側に車を駐車し、西側から寺へと入った。増上寺を裏から入って本殿に向かいながら太は、修治に増上寺についてレクチャーした。増上寺とは、徳川家にゆかりのある寺である事。徳川家代々の墓所がある事、そのうちの1つには皇女和宮の墓が含まれている事、また大奥の覇権争いの絵島生島事件の舞台となった場所である事等々。特に女の争いとなった、絵島来島事件に付いては、事細かにその詳細を付けくわえた。
本殿でお参りを済ませると、大門に向かう道中で、太は、くだらない寸劇を始めた。「修治様、お許しくださいませ。門限に遅れましたのは、ご先祖様の墓参りをしていた、までの事、決して怪しい事などしておりません。」修治は、とっさに続けた。「何を申す、太よ。所詮遊び人のおまえの事じゃ、新しい店子にでも入れあげていたのであろう。お前なんぞは島流しじゃ・・・」修治は、更に続けた。「ええい、見苦しい、これ以上開き直るなら、お手打ちにしてくれるわ。ええぃ」と言いながら刀を振り下ろす仕草をした。太が、切られるそぶりをしながら「あうぅ~。」と声を上げると、刀を振り返って太を見た瞬間、修治の目に、増上寺の背後に、新年のイルミネーションに彩られながら聳え立つ東京タワーが目に入った。「すげっ。」修治の口からは、またもそんな言葉が漏れていた。太は、持っていたカメラを修治に渡し、自分は数歩後戻りして、東京タワーを襲うゴジラを演じて見せた。ゴジラを素で行く太を撮るのには、てこずったが、後一枚、増上寺を背景に、二人で並んだ写真も撮った。二人とも笑顔だった。太は、修治のこの笑顔をまた見たいと思った。ずっと見続けていたい。と思った。
大門を出ると、二人は車の駐車してある方へ向う為増上寺の塀伝いに歩いていた。年越しと言っても夜も2時を過ぎると参拝客もまばらで、太はおもむろに修治の悴んだ掌を握って歩いた。増上寺の長い塀が切れると、太は「ここで待っていて。」と言って独り車を取りに向かった。暫くして車で戻ってきた太は、やはり車から降り、「お坊ちゃま、お待たせしました。」と言いながら助手席の扉を開けた。修治は、開けられた扉とは別に、きっと急いで走ったに違いない太の額に光る汗が気なり、額にキスをしたくなった。




