パーティ
扉を開けた二人を迎えたものは、普段とは全く異なる情景だった。いつものマスターは見あたらず、男でも女でもない、そこには奇妙な生き物がいて、せわしなく二人を出迎えた。
「いらっしゃい、お通しこの揚げ物で、全部揃うから、揚げ終わるまでちょっと待ってね。」そう言うと、3センチはあろうかという付け睫毛を従えた瞳で瞬きをして見せた。太は、賺さずこう言った。
「ママ、そんなに焦らなくてもいいよ、だって今日のママはとっても綺麗だから。」するとマスターは、満面の笑みを浮かべながら、
「う~んもう、太ちゃんたら、クリスマスだけは、お行儀がいいんだから。」と言うと、その長いまつげの瞳でウインクをして見せた。
こんな場面では、それがドブから這い上がってきたガマ蛙のような仕上がりであったとしても
「綺麗だね、」と誉めるのが、この世界のしきたりになっていた。そんなママと太のすごくおざなりな言葉のやりとりが、修治をこの上なく愉快な気分にさせた。なにせ、等の本人たちは、その社交辞令を済ませた後、せっせと各々仕事に勤しんでいるのだから。こらえきれなくなった修治が思わず吹き出してしまうと、マスターいやママが、髪留めのピンをはずしながら、修治にその重たげな顔を向けて、こう言った。
「私の顔に、何か付いているのかしら、修ちゃん。」そう言うと、又針金のような睫毛を端尽かせて見せた。修治が、そんなママを指差して、大声で笑い出すと、太が、その指を肉厚の掌で包み、修治の耳元でこう囁いた。
「修ちゃん、こんな立派なレディに向かって、指差しして笑うのは、大変失礼なことですよ。慎みなさい。」
「あら太、あんたの口からそんな言葉が出るなんて・・・まぁあちゃんと教育しておくことね。」
ママがそこまで言うと。太は、再度修治の耳元でこう囁いた。
「だって去年なんかほんと酷かったんだぜ、これでもまだましなほうなんだから。」
「太、やっぱあんたは、失礼な女だわ。去年は、あんた閉店間際に来たから、ちょっと崩れていただけじゃない。それでも、何年か前のあんたより、ずっとましだったわよ。」
「えーっ、太さんも、女装するんだ。」修治がそう言うと、照れくさそうに何か言おうとしている太を遮って、ママがこう続けた。
「この子なんか、何処をどう塗ったくっても、うんこを擦り付けたパンダみたいだったんだからね。いい、うんこよ、うんこ。」
「まあまあ、妖艶なママ、そんなに怒らないで、修治お前が悪いんだぞ。こんな、妖艶な人を前にして指差しで笑うから」 太が眉をしかめながら、修治に目配せをして見せ、それに答え修治が、すかさずこう言った。
「ごめんなさい。でも、マスターほんと綺麗ですよ。」
「まぁ、修ちゃんたら、修ちゃんに誉められるなんて、今年は、きっといけているってことね。ねぇ、太。」
「バカだ。」太は、ほとんど聞こえないような声でこうつぶやき、こう続けた。
「ところでママおしぼりも出てないんだけど、この店はセルフサービスだったっけ 。」
「あら、ごめんなさい。今日は、パーティ料金で、前金制です。でも、食べ放題飲み放題だからね。何か飲みます。」それからまもなく、二人は店の怒涛に巻き込まれた。それでも二人は、この奇異な非日常を楽しんだ。店は瞬くまに満席になり、立っている事させもままならなくなった。
「次行こうか?もっと恐ろしい店俺知っているから。」太はそう言って修治を、店の外に誘い出した。
魑魅魍魎の仲通りを歩き、太の促しに従って、細い階段を上がるとその突き当りに扉があった。太は体を斜にしながら、修治の後に続いた。扉を開くと中央にコの字型のカウンターがあり。コの字の真ん中にビールケース9つをひっくり返して並べ、その上に畳みを2帖置き、頭上にミラーボールを据え、ミラーボールの真下では奇妙な生き物が、横座わりして待っていた。名物ママの一人である。そのころのママは、育毛剤の使い過ぎで(怪しい養毛剤)髪の毛が全部抜けスキンヘッドに成っていた。スキンヘッドの耳の上あたりと前頭部に、こけしの髪の毛みたいな模様を、黒くマジックで書き、あと目の周りも黒く丸くマジックで塗ってパンダ目にしていた。口元だけには、異様に赤い紅をあしらっていた。真っ赤なチャイナドレスを着て片手には、長い煙管、もう片手には、ぼっとん便所の肥を掬う為の柄の長い灼を。持っているといういでたちで、来客はその灼に、パティーの会費を入れていた。
ママは、太たちを見つけつと、肥を掬う灼を突き出しながらこう続けた。
「バーティー代独り三千円。ただし飲み放題でプレゼント付きよ。二人で六円頂戴しまぁ~すぅ。」と言って灼を太の方へ向けた。
「ところで太、今日はやたらと早いじゃない?もしかして、隣のお坊ちゃまは、また新しい彼なのかしら?」
「黙れ、ばばぁ!」と太が言ったのを無視して。
「君、何て呼べばいいのかしら?」
「修で良いです。」
「あら眼鏡がよくお似合い、可愛いのね。」とママが言うと
「ママさんとっても綺麗ですよ。」と修治が続けた。あわてて太が、修治の膝を自分の膝で小突きながら、
「あのマスターには綺麗って言っちゃいけないんだよ。それにあのババアは、眼鏡に目がねえから気をつけないといけないよ。」と小声で言った。すかさずマスターが
「太、またあんた、何か入れ知恵してる?」と小声で言った後、
大声で「修ちゃんより綺麗、頂きました。シャンペン開けて頂戴。太のおごりよ、四千円頂きます。」
と言い灼を太の目の前に出してきた。太が「ほらね」と言いながら、しぶしぶ灼に千円札を押しこんだ。またたく間に店は色んな人々で満員になった。真冬なのにタンクトップ野郎であったり、プリシア気どりのクイーンであったり、和装親父だったりetc.狭いお店がそんなこんなで、ごった返しだしたので、太が「少し静かな店に行こうか?」と修治を連れ出した。
次に入った店は、カウンターにはバーテンダーがいて、カクテルを作ってくれる。マスターは、スタンドピアノで生演奏をしてくれるスタイルである。まだ客もまばらで、二人が並んで落ち着いたのを見計らって、マスターは、『HappyChrimas』をスタンドピアノで奏でた。カウンターの洋酒ボトルの越しに見える太は、いつになく上機嫌で、時折修治を見ている。
「今度の正月は田舎に帰るの?」と太が聞くと、修治はカクテルを燻らしながら。
「休みも短いので帰る予定はないですね。」と答えた。
「なら初詣でも行くかい、俺と?」太が聞くと。
「はい、良いですよ。」と修治が答えた。
「なら決まりだね。31日にそちらに迎えに行くね。」約束を取り付けた太は、相変わらず上機嫌であった。その頃店では「My funny valentine」の演奏に代わっていた。暫く二人は、生演奏とカクテルと店の雰囲気を楽しんだ。そして太がこう切り出した。
「今日は駅まで送って行くよ。」
二人は、店を後にした。新宿駅まで付くと、太が手袋を外し「メリークリスマス」と言いながら握手を求めてきた。修治もそれに応えるために、手袋を外し握手しながら「メリークリスマス」と答えた。太の掌は、暖かく肉厚で軟らかかった。太は黍をかえして、背中越しに手を振って「それじゃーな。」と言って歩き出した、振りむきはしなかった。修治は改札の外で、そんな太が小さくなっていくのを見送っていた。




