風が鳴いてるね
夕方になって太が帰宅すると、修治はいつものように用意していた食事を出した。ご飯に蕪の葉と油揚げの味噌汁。メインはブリ大根と生姜焼き。それらを旨そうに口にかきこむ太を見ながら修治は嬉しくて、涙をにじませていた。
終始笑顔の修治や、玄関の菫と嗅いだ事のある香水の匂いで、太は、大方の察しは付いていたが、そのことには一切触れず風呂を浴びた、珍しく修治も入ると言うので、太は修治を受け入れた。二人でシャワーを浴びながら、キスを繰り返し、太が、先に背中を流してやると言って、湯船に両足を突っ込んで修治に背中を向けさせて、ナイロンタオルで修治の背中をごしごしと洗った。修治はその間に頭や体を洗った。二人は交代し、肩からの体毛の多い太の背中をゴシゴシ洗うと
「痛てぇな、もうちょっと優しくしてくれよ。」と太が言うので、修治は素手で太の背中を流すしかなかった。
二人はパジャマを着て、やっと暖房が要らなくなったベッドに、潜り込んだ。太は修治を、背後から抱きつきながら、
「今日は疲れたろう。だから明日な。」と言った。修治は、返事はせず昼間起こったことを考えていた。修治は、太とのこれからのことやあれやこれやと考えている内に、太は鼾をかきだした。修治は、一緒に仕事ができたらなとか、いつ引っ越そうなと考えているうちに、ますます眠れなくなってしまった。
朝の3時を過ぎたころ、修治は太を起こし、唐突にこんなことをいいだした。
「海が見たい!」
太は眠い目をこすりながら、
「わかった、海を見に行こう。」と言ってくれた。
二人は、早々に防寒着に身を包み、車に乗り込んだ。そしてまだ夜の明けない都会の街を、すり抜けた。海浜に着くと、太がコンビニで買ってきてくれた温かい缶コーヒーを握りしめ、砂浜に降りた。目の前に拡がる水平線は、未来へ続く道のように修治には思えた。先ほどまで凪いでいたはずの風が、海風に変わるのが解った。二人は並んで砂浜に、座り込みながら太陽が昇るのを待った。。
修治が、ぽつりと言った。
「ずぅーと忘れていたこの感じ。風が鳴いてるね。二人の間を風が通り過ぎ、ヒューヒューと鳴いている。ずぅーと忘れていたこの感じ。学校に追われ、クラブに追われ、仕事に追われていた毎日の繰り返しで、ずぅーと忘れていた。風が鳴いてるね。」
それを聞いた太は、修治の身体をぎゅっと抱き寄せ。そっと額にキスをした。
25年くらい前に作った作品です。段落等を見直しました。
<p>伊井下弦 風が鳴いている</p>