決断
さよこを送り届けけた太は、高速に乗ると修治の母の事を考え始めた。息子を男にとられ、旦那を女に取られ、一時的に感情に走ろうとも、結局全てを包み込んでしまう。これが女の強さと言うものかと。女性の環境への対応力の強さを感じていた。しかも凛としてどっしりと構えている。凄いなと思った。もしかしてそれらは、暖簾を守っている杜氏の凄みかも知れないと感じていた。きっと亡くなった親父さんも、母親の息子にすぎなかったのに違いない。そんな彼女の息子である修治を、自分の物にしていることへの罪悪感を持ったと同時に、責任感が太を支配した。太は、このままではいけない、自分ももっと変えわらなければならないと思った。
忌引きのため太より3日遅れで戻った修治が帰宅すると、太からのメモが、電話の横に残されていた。「3日ほど留守にします。」修治が帰ったとき、ちょうど3日目だったので、修治はとりあえず太を、待つこととした。修治は、クリームシチューをこさえていた。夕方になって太が、いつものように帰って来た。
「ただいま」
「おかえりなさい、今回は色々とお世話になってありがとうさんね。」と言って葬儀の礼と供に、太の頬にキスすると、
「大変だったね。」と修治を労い、抱きあげた。抱きつかれた修治は「シチューを混ぜないと。」といって太から離れ、クリームシチューを混ぜる為、台所に戻って
「風呂入ってくれば。」と言った。「うん」と言って太は、風呂場に向った。太が風呂に消えると、電話台のメモも無くなっていたので、修治は、それ以上問い正すことは止めようと思った。
修治は、太が風呂からあがるとクリームシチューを、温め直した。「ありがとうね。」と言いながら、笑顔もって修治をみた。修治は「たぶん合格点は貰えると思うよ。」というと火を止めた。
シチューを更に盛り付け、サラダとドイツパンを一緒に炬燵に並べた。ドテラを羽織っていた太は、スプーンでシチューを掬いあげちぎったパンと供に口にいれた。
「旨いよ、合格点だね。」と言った。修治は「やったぁ~、合格点。」と言いながら、修治もシチューをすすった。食をとると修治もシャワーを浴びた。太は、修治を気遣い、修治は、太を気遣っていたので、この日は何もなく、太の腕のなかで修治は眠りに着いた。
ちょっとしたこの事件を、修治もすっかり忘れ、菫が咲き始めた頃、その人はやって来た。修治は、法事の為土曜日から山梨へ帰省し、有給を取った月曜日、修治は部屋で、音楽を聴きながら遅めの朝食をとっていた、その時チャイムが鳴った。扉を開けと中折ハットに黒ぶちの丸めがねに杖をついた初老の老人が立っていた。
「私、伏山と申します。河原さんの家ですよね。」と老人が言った。
「はい、河原に用事ですか?生憎河原は、今日は仕事で・・・」修治が言うと
「いやいや君、今日は修治君に用があってね。君が、関谷修治君だね。」と修治に告げた、
修治は伏山を、部屋に上げ、紅茶を入れた。炬燵に入って紅茶をすすりながら、伏山が、ぽつりと話を始めた。
「今年の初めロサンゼルスの私の事務所を、太が、いきなり訪ねて来てね。いきなり良い人が出来たから、別れたいって言うんだ。だけど二人が、関係があったのは儂が、日本に居た時だけで、ロサンゼルスに移ってから20年以上、最近では年に1・2度遊びに来るだけで、西海岸を楽しんで帰る、今更関係を解消といわれてもねぇ。」話を詳しく聞くと、
太が「君、つまり関谷修治君と出会って一緒に住んでいる。出来ればこれから先も一緒にいたいと言う。だから、自身に関して曖昧な事は全て解消したい。」と太が言ったそうで。修治は、太がそんな風に思ってくれる事が嬉しかった。
修治は「そうですか?で、そしたらなぜ伏山さんが、今日此処に、いらしたのですか?」と聞くと「いやぁ、俺も気になって、修治君ってどんな人なのかなぁと思ってね。一度会っておきたいと思っていたから、日本に用事があったついでに、尋ねてみたというわけだ。」
「太に関して責任がまったく無い訳でもないしね。」
伏山 の話しによると。20数年前、伏山と太とは出会ったそうである。そのころにはもう太は、天涯孤独で、子供頃母親を病気で亡くし、大学時代に父親を、事故で亡くした直後で、生活が随分と荒れて、遊び歩いていた頃、伏山と出会った。太が、自暴自棄になっていたところを、伏山と出会うことで、生活を立て直し人生の目標やら、人との付き合い方を教えたとそうである。ただ伏山が太を、大切な恋人と考えていたのとは裏腹に、太の方は、二年もすると伏山に父親を求め、また家庭を求めてきたそうである。そのうち太が重たく感じるようになった。ちょうどそのころアメリカでの仕事を誘われ、伏山は、そちらを選んだと言う訳である。
修治は一部始終をきくと。
「そうだったんですか、あまり何も話さない人だから、知らなかったです。でも太さんの目を見ていると誠実そうで、信用に足りるというか・・・」
その後、二人は修治の家庭の話となり
「僕の母親とも面通しも終わっているし、俺の親父の葬式を手伝って貰って、家族には全てを話す事になってしまったし。なにより自分が太さんの事、大切に思っていますから。とりあえず安心して下さい。」と修治は言った。
またこう続けた「また私と伏山さんが出会ったこと、内緒にしていたいんですけど。いいですか?」伏山は、こう続けた「勿論だとも。太が出会った人が君のような人で本当によかった。実は東京での彼の生活を、不安に感じないわけでは無かった。でもこれなら安心だ、これからも太のことよろしくたのむよ。」
伏山は、炬燵から腰をあげ、折れ帽を再びかぶり、再度修治に頭を下げて部屋を出て行った。駅まで送って行った修治は、帰り道の途中でみつけた菫をつんで、部屋に帰るとコップに挿し玄関の下駄箱の上に飾った。