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風が鳴いてるね  作者: 伊井下 弦
13/15

親父死す

車に乗ったさよこは、話を始めた。

「実は、今奥様からご連絡頂きまして、病院に行こうとしていたんです。」「と言うと、母は、あなたの事しっていた?」と修治が聞くと、さよこはこう続けた。


「はい、但し、お父様はこのこと。なのでご配慮ねがいます。」と答え、こう続けた。


「あれはもう2年ほど前かな。私とお父様の事が、奥様の耳に入るようになり、奥様は興信所を使ってこのお店の場所を御調べ、談判に乗り込まれて来た時のことです。その時、私は土間に倒れていて、出血も酷く危なかったの。流産でした。」驚愕の真実だった。


さよこは続けた「奥様は、すぐ救急車を手配して下さって。看護婦さんにお父様に連絡とるよう言って下さった後、お父様が病院に来られる直前まで、ずっと私に付き添って下さったんです。」


更にさよこは続けた。「奥様は、私の手を握りながら、『私が、その子の邪魔をした。生まれてこようとしている子の邪魔をした』と言われながらお泣きに成るものだから『いいえ違います。奥様は、何も悪くないですゎ。自業自得ですから。』と申しましたが、結局お父様が来られる直前まで自分のせいだとおっしゃって、泣かれておられました。」


さよこは、後日退院してから再度母親と会った話を始めた。

「退院後、奥様とちゃんとお会しお話しました。今のお店はお父様の援助で建てたという事。また、こうなった以上、お別れするつもりである事。と話しました。すると『さよこさんは、うちの人の事が、まだ好きじゃないの?』と聞かれましたので『もちろん好きです』とお答えしたら、『なら今のままでいいじゃないの。但し、私が知っていることは、旦那には内緒でね。』とおっしゃられて、それで今まで、甘えさせて頂いているんです。」


また母親は、こんな話をしたそうである。「家は代々造り酒屋で、旦那は婿養子なの。私も旦那の関係は、最初のうちだけで、二人目が生まれる頃には、もうそんな関係ではなくなっていた。その頃から、私を女性とは見ていないと思うの、私も同じだけど、唯の仕事上のパートナーみたいな感じでね。勿論旦那が、子供達を愛しているのは間違いないとは思うけど。今私と過ごしているのは、仕事の為なのよ。私も仕事が、面白くなってきたし、旦那の誘いを断ったのも私で・・・だから旦那の恋愛についてとやかく言える立場じゃないし、ましてや旦那は養子だからそういう意味で幸せになるチャンスを、失って来ているわけだしね。」と話したそうである。


修治は、普通なら有り得ない話だが、あの母親ならそんなこともあるのかなと、あえて自分を納得させた。

  

 病院に着くとまず修治が、母親を呼びに病室へと入った。母親は、父に「暫くは修治が居てくれるからね、その後はお兄ちゃんが、私はまた夜に来るからね。わかった?」と親父の耳元で、少し大きな声で話をした。

父親は、言葉にはしなかったが、ただ微かに頷いて見せたので、母親は病室を後にした。病室をでると、母親は父親が倒れたのは3度目で、決して親父の容態が良くないことを告げた。太に家まで自分を送ってくれるかと聞いた。太は、修治を連れ出した代わりに、さよこを病室に招き入れた。父親は、少し微笑んでみせて、右手を蒲団の中から出したので、さよこはその手を握りしめた。太は、それを見届けると病室を後にして、母親を実家へと連れて帰った。


修治は、父親の事を考えながら、まだ人のいないがらんとした待合室で待っていた。父親は、大柄でやはり柔道の有段者であったので、その関係で母親と見合いをして結婚をした。若いころは後輩たちの試合などにも修治を連れて、顔を出したりしていたが、そうゆう仲間の中でもあまり話をする方ではなく、家庭でもそれは同じだった。仕事では、営業部分を担当し家を留守にすることが多かった。その分山梨に居る時は、色んなところへ家族をドライブに連れて行ってくれた。桜を見に行ったり、桃がりにいったり、キャンプにいったりした。


まだ小さかった修治は、決まって親父に背負われて車まで帰った。その時の親父の背中の匂いが好きだった。その匂いを嗅ぐと安心した、親父の子供でよかったと思った。太からも親父と同じその匂いがしている事に、気がついていた。


午後になっても兄は来ず、昼飯が終わる頃やっと兄貴が母親と供に太がやって来た。修治が病室に入ると、朝からずっと手を握っていたさよこは、気を回し父の耳音で


「店の片付けも残っているし、臨時休業の立て札出してこなければいけないから、一旦帰るわね」

「夕方また顔を出すつもりだからね。」と言った。


親父はそれに小さくうなずき、さよこは、病室を出た。暫くして兄と母親が入ってきた。親子水入らずとなった。父親は3人の掌を握りながら、母親の方を見て何か言いたげな目をしていた。父親を兄貴に負かせ、修治と母は少し休むために病院を後にした。母親を送って行った後、兄貴の心づかいにより、用意されたビジネスホテルの部屋に、修治と太は戻った。どちらから言う事も無く二人してシャワーを浴び。ベッドで寝入った。不眠と疲れもあって二人供またたく間に寝入ってしまった。二人の睡眠はフロントからの1本の電話で覚醒せざるを負えなかった。電話は兄貴からのもので、内容は「父親の意識がとんだ」と言うものだった。


二人はあわてて服を着て、病室に駆け付けた。駆け付けた時には、親父の意識はもう無かった、そしてまもなく父親は意識を取り戻すことはなく、そのまま逝った。母親と兄貴が親父にすがりつき、泣きながら親父の名前を連呼していた。さよこもすでに駆けつけていて、病室の隅で壁にもたれながら、ハンカチで涙を拭い立っていた。


修治は、感情を表すタイミングを逸していた。だから事務的な内容を買って出た。

「兄さんこれからが大変だよ。」と言うと、兄貴を父親の遺体から引き離した。

看護婦に親父の身体の清掃と死に化粧を頼んだ。太と修治で葬儀屋を探し、檀家の坊主に連絡をとった。身体の清掃と死に化粧が終わった遺体は、霊安所に運ばれ、霊安所で葬儀屋が来るのを4人して待った。葬儀は、実家で行いたいと母親が言いだしたので、実家の掃除の為、太が母親を実家へと送って行った。さよこを残し修治もそれに加わった。葬儀の取り決めを行うためである。実家に着くと、隣組の人達と先回りした葬儀屋が待っていた。祭壇と来客の部屋をきめ、坊主に連絡し大まかな葬儀の大きさを通知した。田舎の造り酒屋と言う事もあって、葬儀の規模は相当なものとなった。


通夜は翌日で葬儀が明後日と決まった。兄貴は、遺体とさよこと、死亡診断書を受取に病院へ再度行った。その間に、実家に残った母親と修治と太で、今日の食事、明日の食事、及び香典返しや祭壇を選んで、葬儀屋と相談し決めた。兄貴が、遺体と供に帰ってくると、遺体を祭壇の前に安置した。母親は、隣組の人達にさよこを、自分の友人として紹介し。台所の一切の業務を彼女に負かせることにし、また彼女もそれを快諾した。葬儀の組織だった事柄を、家族全員が淡々と進めることで、平常心が保たれた。


初日の夜に、坊主が来てお経を唱えた後、親父の戒名とその説明をし、また家柄のこともあり、葬儀には自分以外に4人の僧侶をつれてくると伝えられた。それらのことから推測されるお布施の相場を、葬儀屋に聞いた。とりあえず今回の全費用は母親が立て替えることとし、喪主は兄貴に決めた。


 お通夜や葬儀が始まってしまうと、親戚の相手・仕事のお付き合いの相手・また地元の人達との相手やらと其々が大まかな役割分担を決め、そのお相手をそつなくこなし、あっという間に葬儀は終わり、親父の遺体は焼却炉の中へと消えていった。


ごく近しい親戚だけを残し、他の人達は、もうそこには居なかった。お骨のお焚き上げを待つ間、ちょっと異質な倦怠感と、無気力感が、お焚き上げ待っている人達全員に広がっていた。骨が焚きあがり、ひと欠けひと欠けを箸で拾う作業の最中に、修治以外、誰も気づかなかったが、ちょっとした事件が起こった。親父の、のど仏の一部を母親がハンカチにくるみ、喪服の袖の中に隠したのだった。この事を除くと。一切の事はこれで滞りなく終わったこととなる。


 母親は、皆が帰ったあと未だ残っていたさよこに近寄り隠していたハンカチの包みを渡した。そしてこう言った。

「無くなった赤ちゃんの骨と一緒にしてあげてね。」

さよこは「奥様・・・」と言いながら泣き崩れた。母親は更に続けた。

「あなた、まだ若いんだから、やり直しが効くわよ。もしそんな時に、これが邪魔になったら赤ちゃんのお骨と供に、私のところに持ってきなさい。家のお墓に入れるから。そうすれば都合のいい時だけ、墓参りすれば済むじゃない?」

「またお茶でもご一緒させて下さいな。」と言った。

さよこは、更に泣き崩れ「有難うございます。有難うございます」と何度も礼を言って頭を下げた。次に、さよこを送るために待っていた太の元へ寄っていって。

「じゃあさよこさんの事、お願いできますか?修治は、後2・3日こちらにいることになると思います。」と言って最後に、母親は太の行いを再度労った後、こう言った。

「修治は、しっかりしているように見えて、あれってただの強がりだったりするの、側でサポートしてくれないと、独りでどこかへ消えてしまいかねない。だからよろしくお願いします。」と付けくわえた。

太は、「おかあさん・・・」と言ったが、母親はそれを否定することなく、うんうんと頷いた。太は、店にさよこを送り届けた後、東京への帰途に着いた。



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伊井下弦 風が鳴いてる

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