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風が鳴いてるね  作者: 伊井下 弦
12/15

親父の女

街路の銀杏が色付き、落葉しても母親に投げ飛ばされたトラウマは、いっこうにっ消えそうになく、最近ではお店に顔を出しても、修治の恐ろしいババア話として太が何度も同じ話を繰り返すものだから、すっかり修治の母親は恐ろしい女妖怪姑獲鳥うぶめとして、お店では定着しつつあった。太が、あらわな格好で投げ飛ばされた部分は何故か話が割愛されていて、都合のいい部分だけを残して脚色された殆ど作り話ではあったが、太の憂さが少しでも晴れればと、修治は、話を合わせていた。そんな状態であっても二人の仲は、ますます仲良くなってはいた。ただ太の事を兄にきちんと伝えていた修治は、「一度田舎に顔を出そうよ。」という提案出したが、太は頑なに却下した。



二度目のクリスマスを迎えた。修治は太にマフラーを贈った。太は修治に、マフラーとお揃いの手袋を贈った。こっそりペアールックである。


二人は去年と同様、二丁目のお店を回り、笑い転げた。年を越し元旦には、一年前に太が計画していた通りに、炬燵を挟み向き合って、できあいのお節と雑煮で「おめでとう」を言い合った。但し、お節の方は、修治が手伝ったこともあり、去年よりは遥かに豪華になっていた。二人は午前中に近所の神社にお参りし、初詣を済ませた。部屋に戻ってくると二人は、年賀状のチェックをしていた。


修治は母からの「おめでとうございます。仲良くやっていますか?」という内容が書き添えられた年賀状の返答として、

修治が「おめでとうございます。太さんは、母さんの事を、いまだに姑獲鳥と呼んで恐れています。」と返事を書いているのを太が見つけ、「返せ」「返さない」でマンションの部屋でちょっとしたバトルが起こっていた。



ちょうどその時、お店のママと太の友達が、新年のあいさつに訪れ、二人はお節を振る舞い、新宿の神社まで4人で揃って初詣に出かけた。「家族みんな勿論、太さんも含めて健康で幸せな1年でありますように」と修治は手をあわせた。初詣の帰り、ポストを見つけたママが修治に「これも一緒にいれるわよ」と言って、こっそりママに預けていた年賀状も一緒にポストに投函してしまった。それに気がついた太は「あっ」声を上げ、修治にヘッドロックを見舞ったが、もう後の祭りで諦めざるを得なかった。



二人とも仕事が始まり最初の土曜日、まだ松の内と言う事で二人は浅草寺へと初詣に向かった。太は厚手のコートに修治から貰ったマフラーをして、ことのほか上機嫌で、大きめの提灯がある毎に写真を撮った。電車で来たせいもあり参拝の後、居酒屋でモツ煮込みを肴に酒を飲んだ。夕食には、トンカツ屋に入った。トンカツを旨そうに食べる太を見ていて、修治も幸せだった。二人ともトンカツをガッツリ食べて、二人は家路に付いた。部屋に着くと部屋の扉に、一枚の紙が折たたんで挟まれていた。その知らせは


「チチ タオレル。トリアエズ レンラク ヲ。」と言うものであった。


あわてて部屋に入り、実家へと電話をすると、電話に兄が出た。親父が心臓で倒れた、とりあえず意識は戻ったが、出来るだけ早急に戻って来いと伝えられた。太に相談すると、もう今日はもう10時を回っているから、明日未明にでも、実家のある山梨まで車で行こうと言う事に結論付いた。シャワーを浴び二人とも早々にベッドに横になった。少しの時間熟睡した太が、なかなか眠れずやっとの事で眠りについた修治を起こしたのは、夜中の3時過ぎだった。


「ほら、起きろよ。そろそろ行くぞ。」と言う太に、修治はあわてて従った。寒い夜だった、吐く息が白くなった。朝までに病院に着くために、太は急いだ。



その為まだ夜が、明けきれないうちに、病院に着くことができた。病室の引き戸を開けると、ベッドに呼吸器を付けて横に成っている父親と、親父の枕元で丸椅子に座り、船をこいでいる母親がいた。修治たちが中に入ると、母親は眼を覚まし、二人の行動を労った。特に太には、丁重に礼を言った。親父は地域の新年会に出ていて倒れたこと。兄は、仕事関係と親戚関係の対応をしてもらっていること、午後一番に兄と交代する事になっている事等を話した後に、母親はトイレに立った。母親がトイレに立つと、父親は枕元の自分の財布をとり、その中から一枚の名刺を取り出し、


「この人に、知らせてほしい。」と言って修治に渡した。


そこには駅前の小料理屋の名前『さよこ』と言う名が書いてあった。親父は、母親には内緒にしてほしいと告げると、大きな呼吸を何度かし、またうつらうつらし始めた。母親がトイレから戻ってくると、二人は「朝飯を食ってくる。」といって病室を後にした。


二人は早速駅前の飲食街まで車を走らせ、店を探した。まだ暖簾の上がらない店を探すのにはひと苦労したが、やっとのことで、『さよこ』と書かれた看板のお店を探し当てた。車を止めて店を訪ねようとした瞬間、紬の着物の上に和服コートを羽織った30代の女性が、店の引き戸を引いて出てきた。


「関谷と申します。」と言うと

「ああ、お坊ちゃま。お父様は大丈夫でしょうか?」といきなり女性の方から聞いていた。

不審には思ったが「親父が逢いあがっています。車で病院までお送りします。よろしいでしょうか?」と言うと


「ああ、よろしくお願いします」と言いわれた。修治は、助手席の扉を開けさよこを乗せた。


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伊井下弦 風が鳴いてる

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