樋熊VS黒豹
そろそろ暑さも峠を越えたある日事件は起きた。全ての事件の発端は、お盆で実家に帰った修治が、引っ越したからと新しい住所を母親に教え、必要もないのに母親にスペアキーを預けたことが発端である。日曜日の朝、修治が起きると半分夢の中の太が、
「風呂入って、シャーを浴びてこいよ」と言った。
夕べのおかわりが、欲しかったのだろう。修治はシャワーを浴びていると。なにやら玄関で物音がするのは解ったが、シャワーが全開だったし、なにしろ太が居てくれるのだから、なんとかしてくれるだろうと、物音を無視する事にした。
次の瞬間、女の叫び声と何かが割れる音がしたので、修治は、あわててパスタオル腰に巻いて、リビングにかけつけた。そこには、腰には回りきらなかったバスタオルで股間だけでもと握って隠す髭デブの樋熊と、
「やっぱりねぇ、こんな事じゃないのかと思っていた。」と独り毎を繰り返す黒豹柄のセーターを着た中年女が、現実にはありえないはずの熊と豹の鉢合わせをしていた。
黒豹とは修治の母親である。気が動転している黒豹は、風呂上りの修治を見つけると、修治に近寄りいきなり褌身のビンタを息子の頬に喰らわせた。黒豹はもう一つの風呂敷包みを床に投げつけるように置くと、とっとと部屋を出ていた。
「母親なら大丈夫だから。」と何度も止める修治を振り払って、バスタオルで股間を抑えながら黒豹の後を追う樋熊。
マンションの共同廊下で黒豹に追いつき「違うんです、おかあさん。話を聞いてください。」と言って黒豹の掌をつかんだ。
その瞬間、「あなたにお母さんと呼ばれる筋合いはないわよ。」と言って、太の手を取り見事な一本背負いを樋熊に喰らわせた。共同の廊下であらわな格好で倒れながら「待って下さい。」と未だ言っている樋熊、振り返りもせずとっと立ち去る黒豹。黒豹の完全勝利であった。
修治は、デブの割には閉まった尻をさらけ出して、廊下に倒れている太に駆けより、
「大丈夫?」といって言葉をかけが、酷く落ち込んでいる太を部屋に連れ戻し、風呂敷の中で割れた作り酒屋の実家の酒が入っていただろう一升びんを片づけた。また、母親が置いて行ったもう一つの風呂敷包みを開けると地元の名物の最中が入っていた。それをテーブルの上に広げながら、母親の事を太に話した。
そもそも母親は、柔道の有段者であること。柔道時代に、周りにそうゆうカップルが居て、この道には明るいこと。また実家の酒屋で新卒採用した従業員も、男を作って東京に流れて行った事。女っけの全くない修治を、実の兄貴と供に「修治は、やっぱりおかしいよ。」「きっとそっち系の人間だよ。」としょっちゅう話のネタにしていること、二言目には、修治の結婚は諦めたと普段から言われている等を教えた。
ここまで教えても、投げ飛ばされた太のトラウマは酷く、この後も時折、母親の事を「あのばばあ」と口にするようになってしまった。落ち込みようが酷いので、太を気遣い修治は太を、外に連れ出し、銀座を一日ぶらぶらしウィンドショッピングをした後、夕食を済ませた。
部屋に、飲みに出て部屋に帰り、二人してシャワーを浴び上がってくると、留守電が点滅していた。
留守電は、修治の実の兄貴からで「母親が、修治は、やっぱりそうだった。と言っている。俺が、結婚し孫が2人いることがせめてもの救いだ。と言っている。」と留守電に言い残していた。
そして最後に「ちゃんと付き合っているんだったら、今度こっちへ帰ってくるとき、一緒に連れて帰ってこいよ。」という内容が留守電に残されていた。