『日常』
「ねぇ一真、ここの問題ちょっと教えてほしいんだけど・・・」
「ああ、それはこの公式を当てはめて・・・」
放課後の図書室。
僕─── 剱 一真は、彼女である星野 ひまりに数学を教えている。
別に数学が得意というわけではないのだが、まあ、高校数学くらいなら余裕である。
「え?そんなんで解けるの?」
「教科書には載ってない方法なんだけど、こっちのほうが効率的だから」
「えぇ~、マジでー?」
「騙されたと思ってやってみ?」
「うーん、まあやってみる!」
そう言って彼女は問題を解き始める。
彼女は、書く時に机に顔をかなり近づける癖がある。
彼女の黒い前髪が、今にも机に触れそうだ。
僕の彼女、ひまりは学校でも一目おかれている美少女だ。スラッとした、しかし出るべきとこはしっかり出ているモデル体型で、小顔で目はクリッと大きい。校則で化粧が禁止されている我が校だが、その顔はすっぴんでも文句無しに美しい。
「おぉ・・・マジで解けたよ・・・。やっぱ一真、さすがだねっ」
「そんな簡単な問題くらいで敬うなよ」
「むっ、そういうこと言わないでよ」
「あはは、ちょっとふざけただけさ。それにしても、本当はその問題けっこう難しいのに、少し教えただけでできたひまりもすごいよ」
「え~? ほんとに~?」
夕日で満たされた図書室で、彼女との楽しげな時間を過ごす。
まさに「青春」である。
自慢のようだが(というか自慢にしか聞こえないが)、僕は小学生の頃から彼女がいたし、友達もかなり多い。クラスでも人気者で、勉強だっていつも全国模試でも十位以内には入る。サッカー部に所属し、まだ高一でありながら既にエースである。これは本当に自分で言うのもなんだが、ルックスもかなり良い方で、しょっちゅう女子から告白される。
リアルに充実してる。僕は所謂「リア充」ってやつだ。たぶんこの先もずっとこんな調子だろう。
皆に好かれ、羨望の目で見られる。
順風満帆な人生を送る。
・・・実に下らない。
ああ、下らない。
下らない下らない下らない下らない下らない下らない下らない下らない下らない下らない下らない下らない下らない下らない下らない下らない下らない下らない下らない下らない下らない下らない下らない下らない下らない下らない下らない下らない下らない下らない下らない下らない下らない下らない下らない下らない!
こんな『日常』!
この世界は腐っている。
そう思い始めたのは、僕が幼稚園児の頃だ。
僕は絵本に出てくる剣や魔法に憧れた。超能力に憧れた。
そんな『非日常』に憧れた。
しかしこの世界にはどこまでも平凡な『日常』しかなかった。僕は齢6才にして絶望した。この世界に生まれ落ちた己を悲観した。そしてこの世界を悲観した。同時に恨んだ。こんな世界、滅んでしまえばいいとすら思った────
「ね、ねぇ一真? そろそろ帰らない?」
「・・・ん? あ、あぁ! そうだね、気づいたらこんな時間だ!」
帰り道、僕らはどこまでもリア充らしくリア充らしいことをした。
「ねえ一真、君さっきすごい怖い顔してたよね」
「え? マジで?」
「うん。この世そのものが嫌いでたまらない~! みたいな顔」
なかなかの洞察力だ。ひまりは、実際に頭が良い方なのだと思う。
「へえ、それはひどい顔だ。たぶん、昨日寝てないからじゃないかな」
別に嘘ではない。本当に昨日徹夜した。
「マジ? あたし徹夜とかしたことないや・・・」
「ひまりは絶対しないほうがいいよ。きれいな顔が台無しだ」
「おっ、ご上手だね~。でも、一真も徹夜なんかしないでよ? 健康に良くないし」
「心配してくれてありがとう。ほどほどにしておくよ」
「ふふふ~、約束ね~」
「ああ、じゃあ、また明日」
ひまりとのリア充らしい、同時に何の面白みもない会話を終えたあと、僕は帰宅した。
僕の家は割と由緒正しき家系らしく、一族全体で江戸時代から続く会社を経営している。だから僕の家系はなかなかにリッチであり、「邸宅」と呼んでも差支えのない家に僕は住んでいる。
余談だが、その会社は僕が継ぐことが既に決定しているらしい。結局僕は、決められたレールの上を走っているだけで、そういう意味では、結局そこらの凡人どもとなんら変わりはないのである。
愛する家族(笑)と夕飯を共にし、風呂に入ったあと、僕は自室のPCを起動する。
ふぅ。
今日も、何の事件もなく僕の『日常』は終わりを告げた。
そしてこれから僕の仮りそめの『非日常』が始まる。
御法度であることは承知の上ですが、小説の題名を変更させていただきました。申し訳ない限りです。