始まりの場所、終わりの場所
――ここは始まりであって、終わりである。
私はホームで列車を待っていた。どんな列車なのかは分からない。どこに行くのかも知らない。そんな列車を、私は待っていた。
おかしな話だ。自分が乗る列車なのに、何一つ知らない。
そうして立ち尽くしている私の横に、初老の男性が並んで立った。その男性は、コートを着込んではいるが、とても寒そうにその身を縮めていた。
私の目の前を、若い女性が足早に横切った。女性はまるで寒さを感じることがないかのように、露出の多い服を着ていた。
まるで時間の感覚がおかしい。夏でも、冬でもない。
「私はね、別に寒いわけじゃないんですよ……」
不意に隣の男性が声を上げた。私は男性の方へと視線を向けたが、男性は視線を正面から動かすことはなかった。その瞳に何を映しているのかは、私には分からなかった。
「しかしね、この先のことを考えると、どうも体がね……」
そう言って、男性は更に小さくなろうとした。
「何かあったのですか?」
私は男性へ問いかけた。
「この駅はね、一つの終わりなんですよ」
そう言って男性はホームを歩く老婆へ目を向けた。
「彼女は老齢で死んだ……」
私にはこの男性の言っていることが分からなかった。男性は視線を正面へ戻すと、溜息を一つ吐いた。
「だけど、あなたはこれから出発する」
「どういうことですか?」
私は男性へ聞いたが、男性はこちらへは顔を向けなかった。
「ここはね、始まりであって、終わりなんですよ」
男性は落ち着いた声音で言った。
「……あなたは、列車は何を表すと思いますか?」
私は少しばかり考え、そして言った。
「列車は、列車じゃないのですか?」
「ここにくる列車は、人生という列車なのですよ」
そう言って、男性はいつの間にかホームへ入ってきた列車に歩み寄った。
「この列車に乗るのは、これからまた別の道を歩む者。次にここに入ってくる列車に乗るのは、ここから始まる人ですよ。あなたも、その一人だ」
それだけ言うと、男性は列車に乗り込んでいった。私は男性の背中を、只々懐かしいものでも見るかのように、ずっと見つめていた。
気がつけば、私は駅の待合で眠っていたようだった。私の乗る列車は、もうホームへ入ってくる時間だ。私はゆっくりと立ち上がった。おかしな夢をみていた。そう思ってみても、私にはあれが夢だったとも思えなかった。
「人生とは、一定の決まりの中を自由に走る列車である……」
私は胸の高鳴りを覚えながら、列車が入ってくるホームへと足を向けた。