待ち人
駅とは、出会いと別れの場所である。
私がその駅で降りたのは、単なる乗り換えのためだった。そうでなければ、私がこの駅に降りることはなかっただろう。そして、一人の老婆とも、会うことはなかっただろう。
三番線に降り立った私は、連絡通路を通って、五番線へと抜けた。まだ列車到着まで時間があるためだろう、ホームは閑散としていた。
私は自販機で缶コーヒーを買うと、近くのベンチに腰を下ろした。
今朝買った新聞を読みながら、缶コーヒーを啜る。新聞の一面には、隣国への軍事侵出の記事が大きく紹介されていた。
「酷い世の中ですね…」
隣でした声に、私ははっとした。私が左隣へ目を向けると、そこには一人の老婆がいた。
「そんなことをしても、何もならないのにね…」
老婆は遠い目をして、ポツリと呟いた。その眼は、隣のホームへと向けられていたが、私には、もっと先を見ているように思えた。
「ところで、あなたはどうしてこの駅に?」
不意に老婆は私の方へ振り向き、人の好い笑みを浮かべた。先程までの眼差しとは、似ても似つかない。
「あ、ああ…。私は仕事で…」
「お仕事ですか。どこか遠くで?」
「隣街です」
私がそう言うと、老婆は、そうですかそうですか、と言いながら頷いていた。
「あなたは?」
今度は、私が逆に老婆へ聞いた。
「私はね…」
老婆はそこで言葉を切ると、視線を先程のように遠くへと向けた。
「私は、子どもを待っているんですよ…」
「お子さん…ですか…?」
「ええ…」
老婆は物悲しそうな顔をして、目を伏せてしまった。
私はそんな老婆へとかける言葉を探したが、言葉は結局見つからなかった。
数分間の沈黙が、その場を支配した。私も、何もできない自分の不甲斐無さからか、視線を足元へ向けていた。
「人というのは、悲しいものですね」
老婆が不意に呟いた。その声音は、悲しそうで、優しい声だった。
「帰ってこないと分かっていても、待ち続けてしまう…」
私は老婆の言った意味が、何となくだが分かった。しかし、それを老婆へ言うことは、憚られる気がした。
「あなたは、どんなお仕事をしているのですか?」
視線は遠くを見つめたまま、老婆は私へ質問を向けた。
「私は、新聞記者をしています」
私は正直に答えた。すると、老婆は嬉しそうな笑いを浮かべた。
「それじゃあ、沢山の楽しい記事を書いてくださいね」
列車に乗る時、私はそれまでいたベンチを振り返ったが、そこにはもう、老婆はいなかった。
私はあの駅のこと、駅であったことが忘れられず、自分なりに調べてみた。あの駅は、もう何年も前に造られたもので、近隣でも一際大きく、唯一首都へ直結した駅だったという。そのため、大戦時には多くの若者が、この駅から戦地へ旅立っていったという。
私が隣国への侵攻で出た死傷者数を知ったのは、あの老婆と会ってから、二日ほど経った頃だった。
私は、その数字を簡単に見ることが出来なかった。
私はこの時、命の重さと、還らないものを待ち続ける苦しみを、改めて思い知らされた気分だった。