絶望ハイキングその2
女の子がイチャイチャしながら、ただダラダラ行動してる話しが人気だと聞いたので。
夕食が終わってすぐだった。どこか鬼気迫る表情で彼女は友美の部屋の扉を叩いた。快く扉を開けた友美に彼女は捲し立てた。ミシェルのことだった。
「おかしいです!」
「ファー子……」
ランプに火を灯しながら、彼女は困り顔をした。いつも大人しいはずの彼女が今日は酷く支離滅裂なのだ。それも当然だった。
「彼女が、どこにもいないんです。みんなは容態が悪くなったから、病院にいったって言うんですけど、誰も病院の名前を知らないんです、お姉さま! 救急車が来たわけでも、迎えの車が来たわけでもないんです! ほんとに、こつ然と、あの子!」
「ファリィハ」
彼女は子供をあやすような優しい瞳で彼女を見た。彼女も言葉を止めて、言葉を待った。
ワインレッドの椅子に座って安田友美は少し考えた。短い沈黙のあと鼻で笑った。笑ったがあくまでも上品だった。
「なんとなく、かしら。詳細は知ってるとは思えないけれど、何かしら気づくところがあったということよね。これは改善の余地ありだわ」
「お姉さま……」
「でもまとめ役のあなたになら話してもいいかもしれないわね。ミシェルはもうこの世にいないわ。今は詳しく話せないけれど、彼女は最後まで幸せだったのよ。必要なことだったの、許してちょうだい」
目尻に涙すら浮かべて、友美は続ける。
「臓器売買とか、売春とか、強制労働とか、そういうことをファリィハは考えてるかもしれないわね。でも、それだけはないと誓って言うわ。彼女は誇りを持ち、美しい彼女のまま、最も幸福な彼女のまま神様のところへと旅立ったわ」
「あああああああああああああああああああああ!!」
彼女は泣き叫ぶ。背中を擦る友美に抱きしめられながら、泣き叫ぶ。
「いいのよ、好きなだけ泣きなさい。あたしが全て受け止めてあげるから。お別れをできなくて辛かったわね」
目の前にいるのは天使や聖人ではなく、悪魔や鬼と呼ばれる存在なのだ。鬼畜や狂人と言われる存在なのだ。
故郷に爆弾を落とした憎い兵隊たちにも劣る。好き勝手に女を犯し、拷問を加える民兵に等しい。あるいはそれ以下の何かだったと彼女は思った。
――神よ、あなたがこの悪魔に罰を与えないのなら。
携帯の液晶を見つめる女子高生がいた。
「仕事だってえ」
いつものようにおっとりとした表情で遥はコンコンと咳する。
後ろで髪を縛った女はよだれを流したまま、ぼんやりと遠くを見ながら言った。
「はるちゃん、風邪引いたのー?」
一瞬、男かと見紛う高い身長、肩幅、べたついた髪、溶けたような瞳孔は明らかに誰が見ても異様だった。
「違うよお、さっきのカラオケ五時間が喉にきてるんだよお」
微笑んだまま、彼女は短い髪を掻きあげて笑う。数人の男がその仕草を目で追った。
佳奈美の異様な様子が余計に遥の美しさと儚さを際立たせているのか、女子高生姿というのが原因なのか、彼女を見る男は多かった。
「それはどうでもいいけどさ、ほら、お仕事お仕事」
「えー、もう面倒くさいのいやだなあ。あの、ほら、きゅー、きゅー?」
「人質救出作戦?」
「それそれ。あいつの仕事、めんどくさいの多い。最近、あたしらのこと便利屋だと思ってるよ、あいつ」
遥が自分の口元をハンカチで拭うのをくすぐったそうにしながら、佳奈美は言った。
不機嫌そうにするたびに彼女は佳奈美に世話をやくのだった。
「まあまあ。あ、でも今回は何でもしていいって書いてあるよお」
「じゃーいいかー。じゃーいいよって送っといて」
「意思軽いねえ」
子犬のように遥は笑って、両手を使って素早く返信した。しばらくして詳細メールが届いた。内容は道具の場所と標的と目的と調理方法だった。
遥は小さな体を精一杯伸ばして、タクシーを止める。場所を告げて不機嫌そうな佳奈美のよだれを拭く。
「相手は人食いなんだってえ。偽善者の人食い」
「人数は?」
途中で彼女たちは隣にならんだ白い軽トラからバッグを受け取って、タクシーに戻る。
バックの中からホッケーマスクやチョッキのようなものを取り出して、佳奈美はつけていく。皮膚のある部分がどんどん埋まっていく。
何か言いたげな運転手は遥が微笑んで、黙らせた。
「百人くらいいるかもってえ」
「へえ」
「写真の子以外は全部いらないってえ」
「へええ」
ギラギラと佳奈美の瞳は揺れていく。
車が目的地に停止するのと同時に、遥は運転手の頭を撃った。
「あーっ、あたしがやろうと思ったのにー」
「かなちゃん、絶対トドメささないもん。可哀想だよ」
何が面白いのか、佳奈美は足をバタバタ踏みつけて笑った。
「仕事の時間だよお」
「仕事の時間だねー」
「殺そうかあ」
「殺そうねー」
巨大なナタと斧を持った怪物が一人、小さなマシンガンを持った少女が一人。
彼女たちは笑いながら、大きな門を見上げた。