こういう女性はありですか?
ありですか?
昨今では、人間の体を機械で補助することは珍しくない。むしろ日常的になったとすらいえる。義手義足の人がいてもあまりに不思議に思わない。歩きにくそうだな、掴みにくそうだなと思うくらいで。
でもどこか遠い。近くにいるようで、遠い。
それはきっと僕らの近くで起こっていないから、現実感がないのだろうと思う。テレビで有名人がありきたりな料理を食べたところで、近いと思えない感覚に似てる。だから僕は、ニュースキャスターが読み上げる「トランスジェンダー」なる技術の実用化という話しにも、友人の語る言葉にもあまり耳をかさなかったし、記憶に留めておく程度だった。
「山内、お前さ、ニュース見た? トランスジェンダーって奴」
田川元五郎。名前の通り男らしく、また筋肉隆々で眉も太い。柔道部のホープで耳も潰れたたこ焼きのようになっていた。
学校の帰り道、その日の僕は少し頭を上げてゲンの顔を見た。数少ないというか、たった一人の友人で親友でもある。女性のファンがそこそこいる通り、なかなか整った顔をしている。僕と並んで歩いたら、きっとイケメンに見えることは間違いない。腹が立つ。
僕はその日、その時、きっと適当なことをいったはずだ。適当にどういう技術なんだろうねって、そんなことを言ったはずだ。だから、ゲンが一週間休んでも気にしなかった。ウソです。親友なんだか、連絡くらいしてくれてもいいのにくらいは思ったよ。
「久しぶり」
でも。だから。
「誰?」
彼が彼女になっているなんて、これっぽっちも思わなかった。
トランスジェンダー技術。性同一性障害に当てつけたようなその技術は男性を女性に、あるいはその逆に変えるようなものだった。うん、やはり遠い。僕の近くのものじゃない。ものじゃないはずだった。
ゲンが麗しい黒髪の美女になっているなんてことはこれっぽっちも想像できなかった。できるやつがいたとしたら、それはホモセクシャルをこじらせたアホか、病気の人だ。
等々と語るゲンの言葉を聴き終わっても、にわかに信じられなかった。書類を見ても信用できなくて、テレビカメラを探した。遺伝子配列の紙を見たって信用できなかった。そんな僕をいつもと同じように笑うゲンをまったくこれっぽっちも信用できなかった。もっと野太い声をしていただろう君は。なんだその鈴の音が鳴るような声色は。
「あー、それでずっと前からさ、好きだったんだわ」
「はい?」
「性同一性障害っていうの? 心は女だったわけよ」
「うん?」
「ずっと悩んでてさ、お前といると苦しくてさ、それでニュースを聞きつけて、この通り」
自慢げにゲンは豊満な胸を両手で抑えて谷間を作った。僕の目がバミューダ・トライアングルに吸い込まれいく船のようにそこに向かってしまう。
「かなり可愛いだろ? いやー、最後まで悩んでたけど、これなら大歓迎だわ」
彼女が扇情的な振る舞いや、グラビアチックな動きを取る度に脳内で男のゲンが同じ姿を取って、僕はげんなりした。
それ以前に一緒の部屋で寝たり、トイレにいったり、風呂に入ったりしたことがあったわけだけど、そういう目で見られていたのかと思うと寒気がする。
「さあ、生物学的にももう問題はない。子作りしよう」
「ちょっとまて」
「大丈夫、任せとけ。元男だからな、テクニックには期待していいぞ!」
「その性的な行為を示す手の動きをやめろ」
「なんだお前、相変わらず堅いなー。ほらほら、チチもんでいいぞ。ん? ああ、お前、そういえばツインテールが好きだっけ? ほらほら」
彼女は両手で髪をまとめて笑う。くそ、教えるんじゃなかった。
「なあ、何が問題なんだ? 法的にも生物学的にもオッケーだぜ? 俺の心も体もオッケーオッケー」
明け透けにゲンは語る。ただのオヤジ臭い美少女にしか見えない。
そんな女!
はっきりいって!
好みです!
いやいや、落ち着け、僕。生物学的にいいとしても、倫理的には問題だろう。彼の心がよしんば乙女であったとしても、そうでなかったとしても、僕という主観の前ではゲンは僕の認識する“男らしいゲン”でしかない。よく食う奴で、よく笑う奴で、ゲームとか一緒にやったり、休日遊んだりする中で。喧嘩っ早くて、力が強くて、女にもストイックで。
そんな自問自答の中、ゲンが僕の頬にキスをした。
「えへへ」
長いまつげを揺らして、はにかんで笑う。顔は赤い。
こいつはゲンだぞしっかりしろ僕! ……あ、いい匂い。
「気のしれた仲じゃん。ダメ?」
近いです。近いですよ!
これはゲンだ。ゲンで……ゲンでもいいか?
うん?




