審美眼。
星が綺麗だなあと思ったので。
内緒だよ、誰にも秘密だよ。ここは私達だけの秘密の場所だからね。
約束通り、教えてあげるけど、本当に誰も一ミリでも、それすら匂わせることすら、言っちゃダメだからね。
「わかってるって。もう目開けていい? 真っ暗で何も見えない」
いいよ。さあ、目を開けて。ほら、この満天の星空を。
あはは、凄い丸い目。
うふふ、息が白い。あ、私もだ。
「……凄い、凄いね。正直バカにしてたけど、これは凄いよ。なんて言っていいかわからないくらい、凄いよ」
だから言ったでしょ? 星空って綺麗なんだよ、美しいんだよ。びっくりするくらい素晴らしいものなんだよ。町中の光じゃダメなんだ。こんな夜遅くで……こんな山奥じゃないとダメなんだよ。
空気が綺麗じゃないと美しいものは本当の姿を見せないんだよ。
――だから。
「うんうん……うん? なにそれ、冗談?」
あの町は空気が汚いと思わない? ずっとずっと思ってた。ドブの臭いが充満してるんだって。美しいグラスにドロ水を入れたみたいな世界なんだって。美しいものが美しいままじゃないんだよ。分かる? 私は本当はこんなにも美しんだって、綺麗なんだって、君にふさわしいんだって知ってもらいたいんだよ。大丈夫だよ、二人で暮らしていける準備はしてあるからさ。備蓄もあるし、しばらくは困らないよ。山奥で野菜を育てて、子供を育てて、暮らそうか。きっと楽しいよ。じゃあ、早速妊娠したいから脱いで。あ、逃げないで。逃げても、ほら、車の鍵はここだよ。
「あっ、あっ、あああ! 誰か、誰か」
君が草木を踏みしめる音。君の息遣い。風に揺れる紅葉の抜け切らない木々。やっぱりすべてが美しいよね。どうしてだろう、こんなに走ってるのに、こんなに疲れることをしてるのに、すごくすごくすごくすごくすごくすごく楽しい。もっともっともっともっともっと走って。一緒に走ろう。手を握り合ってダンスをするみたいに。
ほら、早く逃げないとブスリと刺しちゃうよ。お腹がいい? 足はちょっと早いよね。君の片方の目は保存したいから、今は大丈夫だよ。ああ、泣かないで、美しいことは確かに感動的だけれど、でも、君の泣き顔を見ちゃうと、私ももらい泣きしちゃう。
「な、なんで!」
もう逃げるのやめちゃうの? もっと走ろうよ。お星様はあんなにも綺麗なんだし。
「確かに、付き合えないとは言ったけど……でも」
覚えてる? 初めて部活で星空を見た時のこと。あの時、君は私を見て綺麗だねって言ったんだよ。星の前じゃ、あらゆるものが綺麗なんだよ。もっと綺麗で、もっと素晴らしい環境で見れば君もきっと本当の価値を知るよね。知ったでしょ? 今のその気持は混乱してるだけ。すぐに分かるから。だから、もっと悲鳴を聞かせて、もっとあなたの血を見せて、もっと喘いで見せて、許しを乞うて。
「あぶっ、ぐあっ――なぐらっいだっ!」
大丈夫、どんなに君が醜くなっても君の魅力は変わらないから。私の真の美しさが曇らないように。
手を失っても、足を失っても、その瞳に色が映らなくなっても、その唇が愛を囁かなくなっても、私は君の美しさを理解してるから。
「頭っ! おかしい! あっぐ、もう、やめて、ください」
罵倒してもいいよ。好きなだけしていいよ。それでも君は変わらないってわかってるから。ただね、私は美しいものが美しいままであることが良いんだよ。醜く、ホコリを被っていくのが耐えられないだけなんだ。だってそうじゃない? 泣きたいほど美しいって分かってるのに、素晴らしいって分かってるのにそれがドロにまみれようとしていたら、どうにかしたいって思うでしょ? 周りにその美しさを訴えるでしょ? 価値を知ってほしいって思うでしょ?
――だからね、私、本当はこんなにも美しいんだよ?
あの町じゃ分からなかったかもしれないけど、あの町じゃ分かりようがなかったかもしれないけれど、ここなら絶対にわかるから。だから。
「やあ、やっ、優しく――じでぐだざい」
そう、君はそういう潔い人間だよね。それが君の美点だよね。知ってる知ってる。
大丈夫、君も病みつきになるよ。だってこれくらいしか、ここには娯楽がないから。大丈夫、たくさん産んであげるから。きっとそれは楽しいよ。
ほら、星を眺めながら、愛しあおう。抱きしめ合いながら星を眺めよう。
美しさの前では皆、裸なんだから。




