パブロフの犬
「ほら、ケーキ買ってきたよ。ここのケーキ大好きって言ってたよね? たくさん、買ってきたから食べな?」
「…………いらない」
「じゃ、じゃあ、和菓子買ってこようか? お姉ちゃん、すぐ買ってくるよ」
「いい」
「えっと、うーんと、あははは……な、何も浮かばないわ」
彼女は自分の弟の顔色を伺いながら必死に彼の喜びそうなものを考えた。子犬のように笑っていた数日前ならケーキひとつでどんな曇り顔も晴れたはずだった。彼女が弟を強姦する数日前ならば。
彼女は自分の弟を溺愛していた。あらゆる欲求を叶え、礼儀を教え、甘やかすわけでもなく、人間として彼に愛を注いできた。それが功を奏してか、今時は珍しいほど純粋に彼は育った。その純粋さたるや彼女のみならず、周りの人間が心配になるほどだった。それでも姉として、うろたえながらも日々成長していく弟の姿は嬉しかった。
ある日のことだった。いつものように一緒にお風呂に入ろうと彼女が誘うと彼は顔を赤くして「そういうのは卒業する」と言った。その時は少し寂しく思った彼女も、そういう年頃になったのだとすぐに納得した。またある日、今まで自分のしていた家庭内の仕事が弟にも回されるようになった。両親は弟の手際の良さと姉の手際を比べて、彼女をからかった。弟のまんざらでもない得意顔を微笑ましく思いながらも、何か心に引っかかるものを感じた。そういったことが何度か重なった。
決定的になったのは、下校中の弟を見た時だった。声をかけようと彼女は手を挙げ、口を開く。しかし、声はでなかった。それは、その横顔の先に知らない少女の顔があったからだった。仲睦まじ気で、初々しい空気が彼女の中の何かを刺激した。
夜だった。家全体が眠っているような静けさの中、彼女は気がつけば、弟の布団の中にいた。自身の顔に寝息を浴びながら、彼女は弟のボタンをひとつずつ、手に持った果物ナイフで千切った。弟の手を掴んで、自分の体を撫でさせた。弟の下半身に手を伸ばし、下腹部を撫でた。弟が目を覚ますのと同時に、彼女は弟を暴力的に貪った。
「何よ、何よ、わたしからもう教わることなんてないっていいたいの!? わたしよりも何でも上手にできるっていいたいの? 三年も先に生まれてる癖に、ボクよりも下手くそなお姉ちゃんって同情したいわけ!? 馬鹿にしないでよ、あんたはわたしが教えてあげたから、わたしが教育してあげたから、なんでも上手にできるんじゃない! あの女の子だってそうよ! お姉ちゃんが教育してあげたから、今そうやっていい思いできてるんだからね!? それなのに、何なの? なんであんな子と付き合ってるの? あんな可愛い子と。お姉ちゃんにはもう何もないっていいたいの? 教わることもなくて、女性的魅力もないって。馬鹿にしないでよ、お姉ちゃんはね、まだまだ君に教えれることいっぱいあるんだからね。女の魅力だって、あるんだからね」
部屋の窓が室内の結露するほどに、陵辱を繰り返した後、弟は壊れたように動かなかった。
「えっと、ゲームする?」
「……しない」
「ううんと」
両親にばれないはずがなかった。体中に青あざがあり、一言も喋ろうとしない我が子の異変に気づかない親などではなかった。彼女は重く詰問されながらも、朗らかに語った。弟ばかりちやほやしていて、嫌だったと。弟が自分を越えていって、自分を見下していくのが怖かったと。自分よりも偉くなっていくのが嫌だったと。自分が弟に空っぽだと言われるのではないかと気が気ではなかったと。両親の無責任な言動にも原因があるんだと。
彼らは彼女を折檻したが、それ以上何もしなかった。何もできなかった。体面を気にしたためか、二人は彼女をどこかに収監させるようなことはせず、離婚をするでもなく、ただ単純に“なかったこと”にして問題を放棄した。
変化といえば誰もが彼女を貶めるようなことを言わなくなったこと。弟が全く笑わなくなったこと。
だから彼女は笑う。垂涎した狼の如く、弟を見下ろし、見下し、笑う。彼女の一挙一動に怯え、冷や汗を流して、押し黙る弟が滑稽でしょうがないのだ。自分よりもか弱いという存在が彼女を満たした。
「ごめんね、お姉ちゃん、ひどいことしちゃったね」
「……」
「本当にごめんね、ほら、買ってきてあげたアイスでも食べよう?」
「……いらない」
「食べろ」
「……」
「た、べ、ろ。また犯すぞ」
「…………」
ボタボタと汗を流してアイスに手を伸ばす弟に彼女はまた優しく微笑んだ。




