終わりの鐘を鳴らしましょう。
監禁ものが見たいと言われたので。
ぽちょんぽちょんと蛇口の水滴が落ちる音がする。ホコリの匂いと、自分の汗の臭いと嗅ぎなれない他人の家の匂いがした。
薄暗い部屋の中を小さな窓から伸びた光が地面のがれきやゴミを照らしている。俺はもう、何度言ったか分からない言葉を繰り返した。
「……何も言わないから開放してください」
「無理、無理だよ。絶対にお兄ちゃんは喋るから」
それは事実だった。俺は必ず言うだろう。俺でなくても必ず言うだろう。だって他人はそれじゃ納得しないから。だって他人はそれじゃ疑問に思うから。
一ヶ月以上も行方不明で何をしてたんですかって、絶対に言うに決まってる。何もなかった、あるいは何も覚えていないだなんて誰も納得しない。俺だって納得しない。
「……お願いだから」
「お願いだから、もうそういうこと言わないでくれる? またイライラしちゃうよ、あたし」
膝を抱えて貧乏揺すりをしていた妹が強張った顔を上げて、そう言った。眼の奥は焦燥と恐怖に彩られている。すぐに目を伏せると、爪を噛んだまま、何かブツブツと言い始めた。いつもと変わらない。何も変わらない。ずっと俺はこのまま何だろう。このまま、手錠をされたまま、ここに監禁されるんだ。こんな誰も来ない廃墟の一室で、永遠に。
「そういえば」
妹が自嘲的な笑みを含みながら言った。
「やっと警察が動いたってお父さんとお母さんが喜んでたよ。お兄ちゃんのあの彼女もね。あたしの必死な演技が効いたのかな、やんなっちゃうよ。でも、まだ大丈夫だよね。あれから一ヶ月も経ってるし、誰もあたしがお兄ちゃんを誘拐しただなんて知らないよね。うん、大丈夫だよ。だって誰にも見られてなかったし……」
「きっと目撃者はいるよ。今ならまだ間に合うからさ、今なら……」
「うるさああああああああああああああい!」
妹が立ち上がって、がれきを持って、俺を殴打する。俺はただ卑屈に丸まってそれを耐える。叫び続ける彼女の怒りが収まるまで、彼女の攻撃が止むまで俺は耐え続ける。
「お兄ちゃんが悪いんでしょ? あたしに色目使っておいて、あたしに気があるようなふりして! それなのにあんな女と付き合い初めて! あの時、あたしの告白をお兄ちゃんが断らなきゃ、こんなことにはっ! なんであんな女とは寝れるのに……あたしとは!」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」
妹が肩で息をして、がれきを手から零した。黒いソックスと日焼けた肌が妹の異常さを際立たせてた。
「お兄ちゃんが……はぁ、はぁ、悪いんだから」
「……ごめんなさい」
また彼女はブツブツ言いながら壁際まで行って、膝を抱えて、足を揺する。
普通の妹だと思っていた。ただの妹だと思っていた。スポーツが好きで、兄思いの妹だと思っていた。喧嘩らしい喧嘩なんて一度もなかったし、彼女に執着されるような感じは本当になくて、普通の兄妹の関係だったはずだった。
彼女が妹のことを少し不気味そうな顔で評していたのを思い出す。
――あの子、なんか変だよ。気持ち悪い。
俺は妹の異常性に全くといっていいほど気が付かなかった。
「あたしと結婚の約束したじゃない」
同じ事を一ヶ月以上も前に聞いた。あの時、彼女は俺の前で下着姿だった。俺は朝帰りで、彼女とのデートから帰ってきたばっかりだった。
抱きしめられ、思いを告げられ、男性として見ていると言われた。同じ気持ちだよねとも言われた。あたしの嫉妬を煽るためにあの女と付き合ったんでしょなんて言われた。
俺は頭の中がいっぱいっぱいになって呟いた。
「どうかしてる」
「……お兄ちゃん、うるさい」
前とは違って、顔に当たったそれは、薄汚れたビニール袋だった。
「……いつになったら、開放してくれるんだ?」
「お兄ちゃんが正直になったら」
「ならなかったら?」
「なる。絶対なるよ、なるに決まってる。すぐに正直になるもん。ならないなら、なるまで待つよ」
どこも見ないで妹は言った。自分に言い聞かせるように言った。震えた声で言った。




