女性
何分か観察していると。
ある時一台の馬車が通った。
ここら辺りの馬車ではない。他の町から来たのだろうか。この家の馬車にも負けない豪華さだった。
「あ…。止まった」
それが、あの女性の前で止まったのだ。やはり、どこかの貴族の召使いだったのだろう。馬車の中から主人らしき人が。馬を扱っていた、召使いらしき人が。計二人の人間が女性の前に立った。
男性の召使いが、女性の召使いに何か言っている。身振り手振りが大きいから、恐らく怒っているのだろう。
女性はただ何度も頭を下げていた。
「どこの家柄の人なのかな」
手すりをゆっくりと拭きながら、私はコッソリと想像してみた。そう言えば、さっきから主人は立ったままだ。フードも取ろうとしない。まさかあのラインから、女性だとは考えにくい。
「日焼けしたくないとか?男性のくせに?」
随分勝手な考えだが、今はそれも普通になりつつある。私は、どちらかと言うと日焼けしている方が好きたのだけど…。今の貴族のお嬢様方の考えは、さっぱり理解出来ない。
「怪しいんだけどな…」
いつの間にか、掃除する手が止まっていた。
男性の召使いが、一歩下がった。どうやらお叱りが終わったらしい。これで帰るのだろうか。
「いいな。大事にしてもらって」
奴隷の私達だったら、そのまま見捨てられる。足の焼き印のせいで、働く事なんて出来ない。そのまま飢え死にが落ちだ。
すると、やっと主人らしき人が前に出て来た。今までずっと後ろで口出ししないでいたのだ。大人しい人なのだろうか、と思っていたが。
ー…。その後何分か話して、再び主人は女性から離れていった。
もう、これで帰るのだろうか。
そう思い始めたその時。
その女性が有り得ない行動に出た。
「!?」
私は驚いて悲鳴を飲み込む。
その弾みに、手から布が落ちた。
女性が、主人らしき人に抱きついたのだ。そんな事出来る家があったのか!
私は慌てて布を拾った。
一瞬彼等から目を離す。
そして再び目を向けて。
ー…、今度こそ動きが止まった。
「え…」
その言葉が精一杯だった。私はその主人の姿に釘付けになった。
「綺麗……」
主人のフードが、その弾みで脱げたのだ。
その主人が、微かに聞こえるぐらいの大声で叫ぶ。
「何…ってんだ!誰かに…られたら…する!」
そっちの方が危険だ。人がいたら、見て下さいと言っているようなものだ。
しかしそれよりも。
慌ててフードをかぶってしまったため、見れたのはほんの一瞬だったが。彼の髪の色は、確かに人外じみていた。染めるにしても、あんな色はないだろう。その前に染めているような、作り物の色ではなかった。あれは確かに地毛だ。
ー…、細やかな藍色。
太陽の光りに反射した所は、どちらかというと青色にも見えた。今にしては珍しい、短めの髪だ。普通はユエン様くらい伸ばす。
そうして三人は(正確に言えば主人が急かしていたのだが)、素早く馬車に乗り込んでしまった。
「ちょっとー!フィオ、手が止まってるわよ?」
丁度その馬車の扉が閉まった、その時。
少し怒りながらリリアが出て来る。
「え…、あ、ゴメン」
半ば上の空の状態で、私はボンヤリと答えた。