品物
何とか二人で、男達の囲いから逃げ切る。薄汚れた街の中を、右へ左へと走っていった。私は隣りで倒れて、貪るように酸素をかき集めているリリアを見つめる。よくここまで耐えてくれた、と感心していたのだ。
「もう…無理…。一年分…走った気分…」
ゼーゼーと息を吐きながら、リリアはブチブチぼやいていた。私はその言葉に苦笑する。さっきまで息は乱れていたものの、今はもういつも通りだ。
「お疲れ。でも、今から掃除よ」
「あぁー!!思い出させないで!」
嫌だ、嫌だと首を左右に振って、リリアは深い溜め息をついた。ゆっくりと起き上がると、私の方に両手を出す。
「引っぱってよ」
「はいはい」
そんな物だと思った。呆れつつ私も手を出す。リリアの手は、驚くほど熱かった。少し意地悪しちゃったかな、と今さら反省する。
「でー?フィオは何を盗んだのよ?それくらい、知る権利はあるわよね?」
意外とちゃっかりしたヤツだった。しかし、巻き込んでしまった責任感がある。仕方なしに、私は話し出した。
「あのね、これよ」
リリアに、ポケットからソレを見せる。
「何…これ…」
妥当な答えだった。普通の人なら、まずそう言う反応をする。納得する人はあまりいない。
「絵の具なの。そろそろ色が切れるかなって」
紙の中に包まれた、正確に言えば絵の具の元。私には絵の具は高級すぎて、盗むしかなかった。絵の具は、私にとって命の次ぐらいに大切なものだ。
「そんなものに命かけたの!?」
リリアは普通な反応をして、信じられない物でも見ているかのようだった。私は苦笑して、小さく頷く。
「そうよ」
キッパリと返事をすると、リリアは溜め息をついた。額に手を当てて、考え込むように唸る。
「私、時々フィオの事が分からなくなるよ」
「そうかな?」
「そう!絶対にそう!」
そんなに大声で言わなくても、いいと思うんだけどな。なんて思いながらも、絵の具をポケットにしまう。何時までも話していたら、主人に怒られてしまう。それだけは避けたい。
「さ、掃除しよう」
リリアが、小さく頷いた。
+ +
主人の家は広い。が、主に私達がやるのは旧館の方だ。もうあまり人が入らない、古びた建物。
しかしそれでも大きく、私は結構気に入っていた。人がいないため静かだし、街道が見えるのもいい。ゆっくりと馬車が通っていくのが、意外と様になっているのだ。と言っても、この狭い街道を通る馬車や人などは、数えるほどしか来ないが。
「夏の新緑もいいんだけどなー…」
一人で呟きながら、バルコニーの手すりを拭く。リリアは多分、今ごろ廊下の水拭きをしているだろう。手を抜いてないといいけれど。
左右を木で囲まれた静かな街道に、ある時異変が起こった。異変、と言うほどではないが、しかしある意味異変である。
「…召使い…?」
一人の女性が、オロオロと街道を歩いていた。服装からすると、恐らく召使いである。私の所からハッキリと顔までは見えないが、なかなか美しい女性だった。
「どうしたのかしら…?」
さっきから右往左往して、怪しいこと限り無い。まさかこの一本道である。道に迷うはずもない。
「…」
なんとも理解出来ない状況に、私は掃除する手を止める。暫くしても動く気配がなかったら、声をかけてあげよう。掃除はその後ですればいい。
そう思いながら、召使いを見ていた。