時計
彼の父は偉大であった。
彼の父は英雄であった。
そして彼の父は。
ー……、騎士でもあった。
+ +
「此処に、歴史書はあるのかい?」
と、彼は言う。ある昼下がりの、麗らかな天気の日だった。彼の召使いは、近くの図書館の名前を言った。
「しかし、何故行かれるのですか?」
そして、ついでのように尋ねる。
すると彼は苦笑した。
「父上の功績を読みに、ね」
「素晴らしいお父様ですからね」
どう受け取ったのか、召使いはそう言った。
彼はただ、その整った顔を歪める。
「うん」
それは、親を自慢としている子の顔ではなかった。どこか、極端に言えば、恥としているようにも見える。
しかし召使いは、その顔には気付かない。
「勿論、ユエン様も素晴らしい方ですよ。流石騎士の息子です」
誇らしげにそう言った。今度こそハッキリと、その顔が歪む。が、彼は何も言わなかった。
「ありがと」
代わりに、そう答える。
「では、夕食をご用意して待っておりますね」
「ああ、頼む」
ヒラリと手を振って歩き出した。
ある昼下がりの、麗らかな天気の日だった。
+ +
「えぇー…」
リリアの、落胆した声が響く。
「シッ!静にして」
それを私は慌てて押さえた。今気付かれたらまずい。非常に危険だ。
リリアには、結局ユエン様の事は言わなかった。あの後私は一人、ただぼんやりと空を見ていた。あまり星の見えない、濃厚な夜空を。
「でも‥」
「静かに!」
再び何か言いかけている、不満そうなリリアを叱る。そう、今私達はー……。
ー……、盗みを働いていた。
奴隷は、いつ殺されても文句は言えない。主人も、たかが奴隷の一人や二人で怒ったりはしない。
故に私達は今、意外とピンチなのだ。
「どこ行きやがった!あの奴隷!」
「こっちにはいないぞ!」
腹に響くような、ドスの利いた声で男が怒鳴る。しかしあれはバカだ。自分はここです、と教えているようなものだ。
「ちょっと…フィオ…」
まあ、威嚇ぐらいにはなるか。
と、リリアの顔を見て付け足した。
今にも逃げ出しそうなほどだ。
「……」
男の声は、まだ近くで響いている。私は必死な目をしているリリアを見て、そしてため息をついた。
「分かった。逃げよう」
そう言った途端、リリアの顔が明るくなる。ずっと隠れていても、仕方がないし。
ゆっくりと辺りを見回して、リリアに指示する。
そして、私達は走り出した。
+ +
国を救った英雄。
国を立て直したヒーロー。
真の王の騎士。
そんな、ありきたりの言語が羅列している。だいたい、一人でやったでもないくせに。まるで彼一人の功績の様だ。
しかしこの本には、他にはない事が記してあった。通りで厚いはずだ。
「家名…か…」
主な貴族は、死んだ人間の名前まであった。随分と豪勢な本だ。何人かは空欄になっており、行方不明なのだと分かった。
彼、ユエンの父親は何をしたのか。
有名すぎて、逆に真実味がない。
『チッ…チッ…チッ…チッ…チッ…チッ…』
時計が、時間を刻んでいく。まるで生き急いでいる様だ、と彼は思う。
俺の父上と同じ。
俺は悪いが、そう生きたいとは思わない。今は確かに注目の騎士なのかもしれない。しかし、ずっとそうでもないだろう。
知らず知らずの内に、溜め息が出ていた。
その時だ。
「なにため息ついてんだよ」
唐突に声をかけられた。驚いて慌てて顔を上げる。全く気配に気付かなかった。しかも敬語もなしに、つまらなそうな声で。
その人物に気付いた途端、俺は小さく納得した。一人だけいたのだ。親友が。
「お前か…」
本を閉じながら、隣の席をゆずる。しかし、彼は手を振って遠慮した。室内にもかかわらず、彼はフードをかぶっており、顔が見えない。否、彼は顔を見せたくないのだ。
それを知っているからこそ、俺は何も言わなかった。
「どうしたんだ?こんな遠い所に」
仕方なく話しをふる。すると、嘲笑うかのように肩が揺れた。
「いや。ちょっと野暮用でね。ここは好奇心で来ただけだからな。すぐ出る」
「大変だな、それは。また召使いが迷子か?」
呆れた調子で言うと、彼は溜め息をついた。この反応だと正解らしい。苦笑するしかなかった。