表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/27

記憶

 ユエン様は、小さく『え』と呟いたまま固まっている私を心配したのか、


「やはり、失礼な事だっただろうか?」


と、申し訳なさそうな顔で聞いてきた。私はその顔が、闇の中でもハッキリと見えて、慌てて否定をする。


「い…いえっ!そんな事ございません。ただ…」


そこまで一呼吸で言って、私は言葉を切った。なんと言えばいいのか、さっぱり分からない。しかし何か言わないと、と思う。心ばかり焦って、私はつい言ってしまった。


「私…、記憶がないんです。所々覚えてはいるんですけど…。おかしいですね」


そう言って、自嘲する。言っていてもおかしかったのだ。聞いている方は、尚更だろう。しかし、笑い声は起こらなかった。訝しがって、私はユエン様を見てみる。


すると彼は。



「悪かったね…。卵さん」



と、反省するように言った。

本当にこの人は貴族なのだろうか、と思う。こんなに優しい人が、世の中にいるのだろうか。それとも、これは夢なのだろうか。


「そんな!謝らないでください!」


私は頭を下げようとしているユエン様に、慌てて返事をする。騎士が奴隷に頭を下げるなんて、誰かに見られていたら大変だ。何と言われるか分かったものではない。


「しかし」


まだ納得がいかないのか、ユエン様は困ったように呟いた。仕方ないので、私は失礼ながら話をする。


「覚えている所もあるんですよ、本当です。それより、よろしければお名前を教えてくれませんか?ユエン様の苗字は、あまり知られておりませんよね?」


そうなのだ。ユエン、ユエンと周りの人は口を揃えていうが、フルネームを言っているひとはいない。本人も、自己紹介はあまりしないらしいし。丁度いいから、教えてもらおう。リリアのいい土産にもなる。


「俺の?」


ユエン様は、ビックリしたように尋ねてきた。そんなに以外だっただろうか。


「はい。是非教えて下さい。私は、フィオティール・ラシュファーと申します。名前は、憶えていたので」


他人の名前を聞くときは、まず自分から。相手の情報を得るには、自分も同等も情報をわたす必要がある。しかし、他人にフルネームを教えたのはこれが初めてだ。


「フィオティール、か。珍しい名前だね、ここの国生まれなのかい?」


確かに、この国ではあまりない名前だ。リリアや、サーラといった三文字がオセリーなのに、私は長ったらしい。でも嫌いではなかった。


「いいえ、ここではないかと」


「そっか。俺の名前は、ユエン……」


しかし、ユエン様はそれ以上言わなかった。急に黙り込んでしまった彼を、私は心配して見つめる。ユエン様が苦笑した。


「悪いな。実は苗字が嫌いなんだ。でも知らないなんて、ね…。結構有名だから、一度は聞いてると思うんだけど」


「えっ!」


とても失礼な事をした。考えてみればそうだ。有名な貴族の騎士様の名を、しかも苗字を。みんな知らないはずはない。ただ言わなくてもわかる、そういう意味なのだろう。


「もっ…!申し訳ございません!私ったら」


慌てすぎて何をいっているのか分からなくなってきた。私の無知による事故だ。


「いや、別にいいよ。いつか、俺の口から言わせてくれ」


一人取り乱している私に、彼は優しく微笑んだ。しかし、『いつか』とは…。予想外の言葉に、私は驚く。


「ここには何週間か居る予定だ。また会えるかな?」


「はい!?」


混乱した脳に、より混乱した言葉が飛び込んでくる。


「じゃあ、そろそろ行くよ。またね」


「えっ!えっ?あっ!えっ!?」


ひらりと手を振って、風のように消えてしまった。夢のような時間だった。いや、もしかしたら夢かもしれない。私はさっきまでユエン様が座っていた、石の上を触ってみる。


すると、確かにそこは温かかった。さっきまで人が座っていた感覚がした。


「あ…」


無意識に私は呟く。外は寒いはずなのに、その風が心地よくかんじられた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ