歓迎会
食材の下拵えが終わると、私達はそれを召使いに渡す。見下しきった態度で受け取って行った召使い達に、リリアが小さく舌打ちをした。
「奴隷だと思って馬鹿にしてさ。鶏の首を切った事もないくせに、生意気」
私はそれに答えない。どちらの考えもよく分かるからだ。人間は、誰かよりも優勢だと思わないと、やっていけないのだと思う。
「さ、次は掃除よ。頑張りましょう」
ゆえに私は、話を変える。リリアが見るからに落ち込んだ。私達には、大量の仕事がある。
「そうだった。まだそれがあった」
疲れを滲み出して、彼女は答えた。馬鹿に広いホールの清掃を、召使い達が来るまで私達でやるのだ。男の奴隷は今頃、重労働を余儀なくしているだろう。
それに比べれば…。
私もまた、誰かを見下して生きている。
そう思わずにはいられなかった。
+ +
華やかな歓迎会は、私達からすれば異次元の世界の話だ。召使い達はまだホール内に入れるし、誘いがあれば踊ることも出来る。しかし私達奴隷は。
外で、音楽に耳を澄ますのが精一杯だ。
暗い空は、まるで私達を嘲笑うかのように、月一つ見せなかった。
「ちょっと寒いわ…」
そう呟きながら、リリアが腕を握ってくる。確かに彼女の手は冷たく、小刻みに震えていた。
「終わるまでの辛抱よ」
私はそう励ましながら、彼女と体を密着させた。お互いの体温ほど、心地よい物はない。ふっとはく息は暗くても、ハッキリと白く見えた。
「朝までいるって事ね…」
リリアはそう皮肉を込めて言う。そして私を押しのけた。
「ちょっと歩いてくる。少しは温くなるでしょ」
「行ってらっしゃい。私はここにいるわ」
ごめんね、と一言残して、リリアは歩いていった。少し汚れた白の服が滲むように夜に紛れ込み、その足音すらも響かなくなる。
「ううっ…。寒いっ…」
私もつい、呟かずにはいられなかった。
「君…って…卵さん?」
急に声がかかる。足音一つしなかったため、私はビクリと体を震わせた。しかも、卵さんって…。
「あっ!そうそう、卵さんだね。朝は大丈夫だったかい?急に逃げ出すから…」
硬直している私を無視して、その人は話し続けた。暗闇の中でも、その人は昼間のような自由さだった。躊躇う素振りもなく、私の横に座る。
「本当は逃げ出したんだ。なんてどっかの定番的な台詞は必要ないよね。実際の所君を見つけて…って言うのも…、可笑しいかな?」
そう一人で話している。私はただその場に固まって、彼の…ユエン様の話しを聞いていた。何て言えばいいのか、私は頭が真っ白になる。
「じゃあ…つまらなくて?息抜きがしたくて?いや、なんか使い回しみたいだな…」
さっきから此処に来た言い訳ばかり考えている。当の主役がいなくて、歓迎会の方は大丈夫なのだろうか。私は呟き続けているユエン様を見ながら、そう思った。
「殺されそうになって…。うん、これがいいや。現実みたいだし」
最終的にそうなったらしい。本人は納得しているらしく、何度か頷いた。
「卵さんは、何故此処に居るんだい?」
「はっ…はいっ!」
急に話しが来た。ひとまず本能的に返事をする。昔からの習慣だ。返事をしない奴隷は、死んだと判断される。すぐに天国行きだ。
「い…いや…。どうして?此処に居るんだい?」
ユエン様は、もう一度ゆっくり私に質問してきた。今度はさっきよりも落ち着いて、慎重に差し支えない返事を考える。
「はい。私達は奴隷ですから。会が終るまで、此処で待っているのです」
そう言うと、ユエン様は驚くようにこちらを見た。
「終わるまで…かい?」
「はい」
優しい人だと思う。
たかが奴隷相手に、普通に接してくれる。
「それは…。凄いね。俺の父上みたいだ」
「お父上様…ですか?」
「あぁ」
彼はそう言って、苦笑しながら頷いた。
「俺の父上も、会が終るまで何時も立ってる」
「それは…すごいですね…」
だいたい椅子に座ってしまうものだが。私はその、ユエン様の父上を想像した。皺が多そうだ、という事以外、私の乏しい脳では考えられない。
「えっと…、失礼な事を聞いてもいいかな?」
悶々と考えていると、彼がまた唐突に尋ねてきた。
「は…い?」
先程の事で免疫が出来た私は、次は少しばかりリラックスして返事をする。ユエン様は何秒の間か、言いにくそうに目を動かしていた。が、決心が付いたのか私の目に焦点を合わせる。
そして、再び囗を開けた。
「君は…いつ奴隷になったのかな?」
「……えっ……」
私は言葉に詰まる。それは、相手の無礼さに対して、ではない。
私の中に、それは。その記憶は。その時の思い出は。
ー……真っ白に抜けていた。