卵
仕方なく私は、再び街に出掛けた。卵、卵は確か。と思いながら街道を歩く。もう一度よく街を見ると、やはり。
何時もより活気が感じられた。
まぁ当たり前だ。今日来るのは、あのユエン様なのだ。この国の、女王専属の騎士にして、まさかの名門家系の貴族様。才色兼備とはまさしく、彼のためにあると言っても過言はない。
「あ、卵下さい」
「はいよ。何個だい?」
「二十ほど」
普通の会話の中に、奴隷である軽蔑が入っている。表には出さないが、ハッキリと。
私はきっかり二十個の卵をもらうと、足早にその場から去った。周囲にはチラホラと奴隷が見える。本当にいやな世の中だ。これが当たり前になっているなんて。
そのまま、私は人が少ない所を選びながら歩く。それにしても…。なんでこんなに人が…。
「おいっ!娘!邪魔だ」
次の瞬間、私の体は大きく突き飛ばされた。突然の衝撃に、私は瞬時に反応出来ない。
「あっ…!」
カゴから卵が落ちていく。まるで自由への逃亡のように、大空へと飛んでいきー……。
次の瞬間、呆気なく落ちていった。
グシャグシャ!
幾つかは無事だったが、殆ど割れている。
私はどうしようもなくて、慌てて潰れたカラを集め始めたが、元には戻らない。手がベトベトになったが、それよりも…。
主人に怒られる!
私の中で、その恐怖が駆け巡った。怒られるだけならまだいい。食事を三日以上提供されないこともある。しかしそれ以上に。
物理的な暴力がこたえる。
「あっ…、えっ…?あっ…」
周りの人間など気にする余裕はない。ただただ卵をかき集める。治らない直らないなおらない!私は必死に中身を戻そうとするものの、黄身は潰れていくばかりだ。
「大丈夫かい?お嬢さん?」
その時だった。
ハッとして上を見上げると、一人の青年が立っていた。困ったように笑いながら、片手を差し出している。私は唖然としたままその青年を見つめていた。
「さっきの事は許してくれ。彼も悪気があった訳ではないんだ」
まだ動けないでいる私の肩を支えて、地面に立たせる。少し長めの髪が、サラリと肩の上で揺れた。
「この卵は主人のだろう?君が怒られるのは、俺にとっても忍びない。弁償するよ」
私の目の前で笑っている人。
この人は、女王直属の騎士。
…………、ユエン様、だ…。
次の瞬間、私の頭はショートした。
+ +
「ユエン様とお会いしたああああああ!?」
記憶も曖昧なまま、私は帰ってきて早々に叫ばれた。もちろん、リリアにだ。彼女に肩を掴まれて、前後にブンブンと振られる。また頭が回ってきた。ユエン様とは、卵を買って貰ったあと、私の方から逃げるように別れてしまった。
「この肩にっ!この肩にユエン様の手があぁ!間接よ!一生洗わないわ!あなたもよ、分かった!?」
物凄い剣幕だ。奴隷と騎士が接触したのだ。まぁ当たり前の反応だ。
「しかも卵を買ってもらったの!?三十個もどうするの、コレ?」
「は…離して…、リリア…」
私は少し気持ち悪くなっていた。そう言うとリリアは、名残惜しそうに私の肩から手を離す。
「私にも話しかけてくれると思う?」
恨めしそうに呟かれた。しかし、そんな事聞かれても私には分からない。
「ひょっとすると、ね」
と適当に答えて、その話しを切り上げた。それよりも今は食材の準備だ。今日の夕方に、私達の主人の家で歓迎会が開かれる。
「卵で少し豪華なの作ろうかな」
「それは召使いの役目よ?」
私の呟きが聞こえたらしい。リリアが鶏の頭を断ちながら言ってきた。バサバサと羽の音が響く。
「時間潰せるかなって」
その切られた胴体を受け取って、血抜きをしながら答えた。これも最初は出来なかった事だ。まだビクビクと、血を噴き出しながら暴れる体。羽を毟らないと、と思いながらも、気持ち悪いと思う自分がいる。
「うわ~。確信犯めっ!」
リリアはそう言ってから、ニッコリと笑った。その顔からすると、賛成という訳だろう。
「上手くいけば、ユエン様と話せるかもしれないし」
私が話せたなら、自分も大丈夫だと思ったのだろう。そう言ってニコニコと笑いながらー………。
リリアは鶏の首を切る。