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 罵倒される。殴られる。罵られる。蹴られる。何?何なの?何が起こってるの?お母さん!?ねぇ、お母さんってば!お父さんは?ねぇ、二人はどこにいるの?誰かいないの?誰でもいいからっ!ちょっと…。ねぇってばぁ!誰か!誰か誰か誰か誰か誰か誰か!



ー…、助けて、よ…。



+ +


私はハッとして床の上に身を起こした。汗が体を伝い落ちる。気持ち悪い感触に、ブルリと身が震えた。さっきから、心臓が暴れて仕方ない。


「何…よ…。今さら…」


私は無意識に拳を握り締めた。夢にまで出てこなくても、いいでしょ。気持ち悪い。


「フィオ!フィオ、朝よ!?」


身体に張り付いた汗を、タオルで拭っている時。扉がドンドンと叩かれた。私は慌てて服を着る。次の瞬間、勢いよく扉が開かれた。


「おはよう、フィオ。朝の買い出しにいかなくちゃ!……、どうしたの?」


友人のリリアが、元気いっぱいに入ってきた。それから、訝しげに顔を覗き込んでくる。私は無理やり笑って、何でもないと答えた。


「そう?顔色悪いわよ?ま、いっか。私には関係ないもんね。さ、行きましょう」


親切なのか、無関心なのか。朝から元気なリリアは、まだ支度もしていない私の手を引っ張った。私は半ば呆れたように彼女についていく。


支度など、あってないようなものだ。


「今日は特に元気ね…」


私は手を離してもらって髪を結ぶ。外はまだ上着が欲しいくらいに寒かった。でも、私達には上着などない。


「当たり前よ!今日はあの方がいらっしゃるのよ」


リリアは興奮したように喋る。頬を高揚させた姿は、まさしく恋する乙女だ。私にはそれが分からない。


「あの方って…。あぁ、ユエン様」

「そう!!あの麗しきお方よ!国中の女の憧れ!」


隣で、どんなに素晴らしいか語り出すリリア。ここが外であることを、きっと忘れているのだろう。私はただ黙ってそれを聞いているだけだ。


「またお見かけできるなんて、死んでもいい!」


それはオーバーだろう。しかし、リリアは半分本気なのか、私の方をジッと見つめてきた。私はなんと言えばいいのか分からなくて、ただ見つめ返す。


「フィオ、私卵を買い忘れたわ」

「えぇっ」


もちろん、彼女が話している間に、私達は買い出しをした。ぎゃくに言えば、それだけリリアが話していた、という事になるのだが。話す途中で、パンとかレタスとか。リリアが指示してくれていたのに。


「ここまで戻ってきたのよ…?」

「仕方ないじゃない。忘れたんだから。買ってきてよ、お願いっ!」


頭をこれでもか、と下げられる。私は小さくため息をついた。彼女も次の仕事がある。私は何秒か考えてから。もう一度溜め息をついた。


「分かったわ…。買ってくる」


リリアがガバッと顔を上げる。それから泣き出しそうな表情になり。


「ありがとー!!愛してるわ!」


と叫びながら抱きついてきた。私は慌てて彼女を抱き止めて、辺りを見回す。人はいなかった。


「リリア…。離れてよ…」

「あ、ごめん。じゃあよろしくね」


そう言って彼女は駆け出す。その足には。





奴隷である印しの。焼き印が。


私は小さく手を振って、チラリと自分の足元を見た。私も今は奴隷だ。しかし。リリアにも言っていない事がある。この私の足の焼き印は。


「卵、よね」


カゴを持って、私は街の方へ歩き出した。


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