その後の光景
更新遅れました。
すみません。
――――さて。
現役有名モデル、「蜜都汐那」が転校してきたとあって、その日の2年2組は大騒ぎだった。
まず、お近づきになりたいと、男子生徒が詰め寄る。
質問の嵐になり、近くにいた人間としてはうるさくて仕方なかった。
そういうわけで、汐那の一つ後ろという男子生徒どもの羨望を集める席に座っていた涼護と、その涼護に比較的近い席にいた深理は、現在未央のところに避難中である。ちなみに、夏木は群がる男子生徒どもの中にいる。
「……そんなに珍しいもんか?」
「お前だって見惚れてたろうに」
見惚れてない、と深理に噛みつく。
確かに、写真やテレビの画面越しに見るよりは、生で見る彼女のほうが綺麗だとは思う。
ただ、彼女を見て何も言えなくなったのは、「どうしてここにいるんだ」という驚愕のせいだ。
見惚れたとかそんなのではない。
「しかし、有名モデルがこの陽羽にか……。何か特別な事情でもあるのかもな」
「さあな」
陽羽学園があるこの陽羽市は、田舎と都会のどちらかと言われれば都会に近い。
が、別に有名人の出身地だとかドラマの撮影現場になったことがあるとか,
そういった特別なことはない。
少なくとも、現役高校生有名モデルの興味を惹くような街ではないと思う。
「……あ、でも、確か、十何年前の卒業生が、モデルになったとかの話は聞いたことあるかも」
「……そういや、噂のレベルでなら俺も聞いたことあるな。でも、別に有名所でもないだろ?」
「まあ、確かにすぐにモデルはやめたって聞いたなぁ……」
ひょっとしたら、そのモデルと「蜜都汐那」は関係あるのかもしれない。
まあ、かといって、だからなんだ、というくらいにしか思わないが。
「っつーか、あの席の近くは本気でうるさい……寝れねぇよ」
「まず、授業中に寝ないの」
「まあ、うるさいのは同意する。……授業も、マトモに行われていないしな」
自分たちの席に座っていても、態度や視線で、教室中がモデルの「蜜都汐那」に興味があるのがわかる。
そんな状況では、授業なんてマトモに行われまい。
英語担当の寺井教諭(50代後半)は、明らかにそんな生徒たちにキレていたが。隠しているつもりかもしれないが、態度や言動でまるわかりである。クソババアめ。
「……なんて話している間に、4時間目始まるね」
「ああ。……そろそろ席に戻るか」
「……このままエスケープしたい……」
「却下」
「耐えろ」
はあ、と深い溜息を吐いて、涼護は自分の席に戻ろうと歩き出した。深理も、苦笑しながら歩き出す。
涼護は、汐那に質問している生徒たちを刺激しないよう、ゆっくりと、慎重に席についた。
深理は、それを見て苦笑を深めながら、席に座った。こちらは、涼護ほど慎重にならなくていいので、楽だった。
「はい、皆そろそろ席に戻る。授業始まるよー」
未央が、委員長らしく、群がっている生徒たちに声をかける。もっとも、こいつらにどこまで効果があるか疑問だが。
案の定、生徒たちは戻ろうとしなかった。
聞こえていて、無視でもしているんだろう、と勝手に思っておく。
「ちょっと、皆」
「なんだなんだ、すごいことになってるな」
言いながら、教室に入ってきたのは、本日の4時間目、現国担当の斑目だった。
汐那の席に群がる生徒たちが面白いのか、けらけらと笑っていた。
「先生、笑い事じゃありません。なんとかしてください」
「はいよ。おいお前ら、席戻れ。内申点と現国の成績、がたがたにされたいか」
「先生、それ職権乱用!」
流石に教師の言葉は耳に届いたのか、生徒たちは、口ではぶつぶつ言いながらも、一応席に戻っていった。
意識は、あくまで汐那に向かっているが。
「おい、涼護」
「あ?」
生徒たちが席に戻っていく中、夏木は、涼護に声をかけた。
「何だよ」
「お前、蜜都ちゃんに手ぇ出したら承知しないからな」
「いいからさっさと戻れド阿呆」
机の下で、思いっきり夏木の向こう脛を蹴った。
弁慶の泣き所は痛かったらしく、夏木は跳び上がって痛がっていた。
「いってぇ! 涼護おま」
「黙れ」
涼護にぶちぶち言いながらも、夏木は脛を押さえながら、自分の席に戻っていった。
それを見て、はあ、と溜息が涼護の口から出た。
「んじゃ、授業始めるぞー。教科書開け」
斑目がそう言いだすのを待っていたかのように、前の席に座っていた汐那は、頬杖をついていた涼護に小声で話しかけた。
「ごめん、うるさかったでしょ?」
「……まあな。自分の席で寝れないってなんなんだ。でも、別に蜜都のせいじゃないだろ」
無遠慮に汐那に群がり、質問をしまくるあいつらは、他人の迷惑を考えない阿呆共だ。
そいつらが阿呆なのは、そいつら自身が阿呆なのであって、汐那本人にはまったく問題はない。
「……八つ当たりの一つでもされるのかと、覚悟してたんだけど」
「誰に責任があるのか見誤るほど馬鹿じゃない」
「ふふ、そう」
くすくすと笑う彼女は、モデルというだけあって、確かに綺麗だ。
阿呆共から、何やら不穏な視線が突き刺さってくる気がするが、無視する。
「ねえ、乙梨君ってさ」
「なんだよ」
「この学園でも、やっぱり有名なの?」
ああ、と涼護は昨日のことを思い出した。
そういえば、昨日、この街では、名前と顔は知られてるほうだと言った。
「まあな。この陽羽市じゃあ、一応それなりに名前と顔は通ってる。この学園でもそうだ」
「ふーん……。じゃあ、何かあったら頼っていい?」
「お好きに。よっぽど無理難題じゃなかったらな」
「そんな無理難題を頼むつもりないよ。まあ、その時はよろしくお願いします」
「はいよ」
涼護が頷いたすぐ後に、斑目の声が響いた。
「そこの二人。話が終わったなら、授業に集中しろな」
「うす」
「はい」
涼護と汐那がそう返事すると、斑目は満足したのか、黒板に向き直った。