カレー
昼食を済ませ、涼護達は客間に戻っていった。
そして、日も暮れ始めた頃になってようやくリビングへと顔をだした六人を、ソファに寝転がっていた詩歩が出迎える。
「あら、今日はもう終わり?」
「はい。テストまではまだ時間ありますし、もう夕方になっちゃってますし」
「なにより、乙梨君たちの集中力が切れちゃって」
女性陣が話しているその後ろでは、涼護は冷蔵庫から冷えたお茶のボトルを取り出し、深理は人数分のコップを用意をして、夏木は疲れた様子でテーブルに突っ伏していた。
疲労困憊の男連中の姿を見てから、詩歩は、二人を対面のソファに座るように促しながら尋ねる。
「涼護たちの出来はどう?」
「最初は正直、大丈夫かなこれ、不正に手を染めるしかないかも、って思ってたんですけど。テスト勉強をちゃんとしていけば、二人ともなんとか赤点はとらずに済むと思いますよ」
「そっか」
汐那の率直な言葉に、詩歩は安心した様子でにっこりと笑い、ソファに座り直しながら続けた。
「念のために訊くんだけど、未央ちゃんや汐那ちゃんたちは?」
「大丈夫ですよー」
「私も問題ないです。桜花のほうが教科によっては進んでたくらいですし」
「そっか。うちの馬鹿弟子の面倒みてたせいで、テストがひどいことになっちゃったら、さすがに申し訳なかったからねェ」
「不出来な弟子で、すみませんねェ」
「んひゃっ」
不機嫌そうな言葉とともに、詩歩の頬に冷えたコップが押し付けられる。人数分のコップを乗せた丸いトレイを持った涼護が、いつの間にか女性陣の傍まで来ていた。
「あれ、いつの間に」
「お前らが話してる間にだよ。ほい、麦茶」
「あ、ありがとー」
トレイをテーブルに置いて汐那と未央にそれぞれコップを手渡した涼護は、麦茶を飲んでいる詩歩を見、口を開く。
「詩歩さん、俺らが泊まる部屋、いつも使ってる部屋でいいですよね?」
「ええ、私物も触ってないし、置きっぱなしになってるはずよ」
「ん、部屋?」
師弟の会話に、汐那が首を傾げる。そんな彼女に向かって、涼護は玄関のドアを指さしながら簡単に説明した。
「この階は全部詩歩さんの持ちものでな、この部屋とは別に、いつも使ってる俺たち(おとこ)用の部屋があるんだよ」
「そうなの?」
「あァ。んで、俺らはその男用の部屋。未央や蜜都はここ。詩歩さんもこの部屋だから安心しろ」
「安心って、えっと、なにに?」
「俺らの中の誰かが血迷って夜這いしかけても、まず詩歩さんが気づいて半殺しにしてくれるから、貞操の心配はしなくていいって意味」
「ああ……うん、了解。まあ、そこの心配は元々あんまりしてないけど」
苦笑しながらそう言う汐那に、今度は涼護が首を傾げる。
「オイ蜜都。俺らも男だからなァ?」
「わかってるよ。でも、少なくともいやがる相手を無理やりってタイプでもないでしょ、三人とも」
「信用はありがたいけど、それはそれとして。自分が美人っていう自覚はあるだろうが現役モデル。警戒はしとけ」
「いや、信用もあるけど、襲うなら私たちよりも詩歩さんかなーって」
詩歩の爆乳を横目でじっと見ながら、汐那は胡乱げな様子で言った。
それに対して、詩歩は、爆乳をぷるんと揺らしながらからからと笑う。
「あ、涼護は胸よりも、脚とか指とかのほうが好きよ?」
「って、何言ってやがりますかアンタ!?」
爆弾発言に、涼護は敬語をかなぐり捨てて師匠へ向かってそう叫んだ。
一方、当の師匠である詩歩は、弟子の抗議を意にも介さずに言葉を続ける。
「胸ももちろん好きみたいだけど、バニーとかショートパンツとか、脚を強調する感じの本が多かったじゃない」
「なんで隠してた秘蔵本の内容を知っていやがりますかねェ!?」
「あら、女に隠し事できると思ってんの?」
こともなげにそう言い放つ詩歩に対して、怒り心頭の涼護はぎりぎりと歯軋りした。
「アンタなァ……!」
「……へえ、脚、好きなんだ?」
「頼む忘れろ忘れてくださいマジで」
からかい混じりの声音で言ってくる汐那に、涼護は顔を隠しながらそう呻く。
汐那と涼護のやり取りをみた詩歩は、けたけたと楽しそうに笑っていた。
「アンタなに笑ってんですか、ていうかマジでわざわざ隠してるもん探して晒すとかやめてください」
「ごめんごめん、弟子が可愛くてついつい」
「ほんっとに……」
呆れた様子の涼護を見て、詩歩は声をあげて笑いだす。
そして、師弟漫才を傍で眺めていた未央が、肩をすくめながら涼護へ声をかけた。
「で、涼護。他にはないの?」
「……あるよ。詩歩さん、今から買い出しに行きたいんで、車出してもらえませんか?」
「あら、夕飯用?」
「はい。この人数ですし、一気に量を作れるカレーにしようかと」
「ああ、カレーにしたんだ。手伝う?」
「いいよ、今日は世話かけたし、俺が全部作る」
涼護は一旦言葉を切ると、汐那と未央へ視線を移して尋ねる。
「さっき深理たちには聞いたけど、ついでに買ってきてほしいもんとか二人はあるか?」
「私はないかな。最悪、取りに戻るし」
「私も大丈夫」
未央と汐那がそう答えた隣で、詩歩が麦茶を飲み干してソファから立ち上がった。
「じゃ、さくさく行きましょうか。ここでじっとしてても、ごはん遅くなっちゃうし」
「そうですね」
「あ、カレー、私のは辛くないのにしてね」
「はいはい」