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Solve  作者: 黒藤紫音
これも日常
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姉弟みたい

筆が遅すぎる


「……乙梨君って」

「あん?」


 テキストに、普段より数割増しで悪くなっている目つきをして向かい合っている涼護に、横から汐那が声をかける。


「頭悪くはないよね、一回教えたら、つまずくこともなく解けてるし。ただひたすら、中身が詰まってないだけで」

「はっきり馬鹿って言えよ。喧嘩売ってんのか」


 涼護は仏頂面で睨みつけるが、汐那は気にもとめず、手に持っていたペンを器用に回しつつ笑って言った。


「ごめんごめん。まあ、これなら今から詰め込めば平均はとれると思うよ。教科によっては結構いい線いくかも。勝負してみる?」

「全国模試で五十位以内に入れるようなやつに、いくらなんでも勝てる気しねェ」

 

 などと、勉強だかじゃれ合いだかをやっている紅色と蒼色の横では、夏木が頭を抱えて唸っていた。


「頭われそう」

「普段使ってないからだ莫迦が。俺が教えてやってるんだから、平均点は取れとまではいわんが、せめて赤点は避けろ」


 テキストを読んでいた深理が、にべもなくそう言い放つ。

 そして、夏木に補足説明をしていた未央が、ふとかけてある時計を見て口を開いた。


「ん、そろそろお昼だね。一度休憩しよっか」


 未央のその言葉を聞き、時間を確認した涼護が、ペンを置いて立ち上がる。


「あァ、なら俺が昼飯作る。気分転換してェ」

「辛い物づくしはやめろよ、涼護」

「深理、辛いの食えたろうが」

「涼護の好みは常人には耐えられねぇからな? ほんとやめろよ?」

「夏木、そりゃ作れってフリか?」

「んなわけあるか」


 涼護の後を追うように立ち上がった深理と夏木の男三人は、言い争いながら部屋を出ていった。

 

「三馬鹿」

「ふふ」


 立ち上がりながら、男どもの様子を見ていた汐那が、そう呟き、未央が微笑む。

 そして、移動したリビングでは、詩歩がソファにあられもない姿で寝転がって分厚い本を読んでいた。


「あら、休憩?」

「昼飯です。詩歩さんはなんか食いたいものあります?」

「んー、読みたい本あるからお昼いいわー」

「アホぬかしてんじゃねェ。アンタの飯だけ三日間麻婆にしますよ」

「やめてね?」


 涼護に睨まれた詩歩は、体勢はそのまま、読んでいた本を閉じる。


「あと詩歩さんはその体勢どうにかしてください、乳こぼれんぞ」

「ん、揉む?」

「アホか」


 師弟のいつも通りのやり取りに未央が苦笑いを浮かべつつ、キッチンへと入り、かけてあった緑のエプロンをつけた。


「蜜都はアレルギーとか好き嫌いはなかったよな?」

「よっぽどゲテモノじゃない限りは、だいたいなんでも食べられるから大丈夫だよ」


 そう会話しつつ、涼護もキッチンへ向かう。シンプルなデザインの赤いエプロンをつけながら未央へ声をかける。


「さて、なに作るかね」

「冷蔵庫の中身で簡単に作っちゃおう。よっぽど足りなかったら買い出し行かないといけないけど」

「あー、そろそろ買い出しいかないとまずいかもなァ」


 話しつつ、涼護はまな板や包丁や鍋などの調理器具を用意し、未央は冷蔵庫の中身を一瞥すると、即決した。


「ん、パスタ多めに残ってるし、和風パスタにしよっか」

「あいよ。んじゃほら」

「はいはい」


 手際よく役割分担し、料理を始める二人。水を張った鍋に火をかけている涼護に、パスタの袋を渡す未央。そのまま食材を切り始める。

 どちらから言い出したわけでもないが、ごく自然に二人で作り始めていた。


「何つくんの」

「キノコとベーコンのあっさり和風パスタと野菜と卵で作るスープ」


 手元から目を離さず、夏木にそう返す涼護。未央もその隣でさくさくと手際よく調理を進めていた。

 キッチンを後にした三人は各々リビングのソファや椅子に座る。汐那が調理風景を見つつ言う。


「二人とも、料理上手だよねぇ」

「師匠が優秀だったもんで」

「いえいえ。二人とも、ひどい食生活してたからね。教え始めた当時は、インスタントとか総菜ばっかりだったし」

「反省はしてるし、感謝もしてるよ」


 ほのぼのした会話を調理組が繰り広げている一方、リビング組の面々は、夏木を除いて手近なところにあった本を手に取っていた。


「あ、この人の新刊でてたんだ。前の学校でこの人の他の作品読んでましたよ」

「よかったら貸しましょうか?」

「いいんですか?」

「ええ」


 詩歩は笑顔で頷くと、おすすめと言ってさらに何冊か本を汐那へと手渡す。


「詩歩さん、ならこれも」

「いいけど、男どもは有料レンタルよ?」

「……差別だ」


 詩歩の言葉に、そう深理がぼやいているうちに調理が終わったようだ。


「オイ、できたぞー」

「あ、お皿出すよ」


 汐那がそう申し出る。それを聞いた深理と夏木が立ち上がろうとしたのを、涼護が手で制しつつ言う。


「蜜都だけでいい、男三人も必要ねェよ」

「うん」


 頷き、汐那は食器棚から人数分を取り出していく。女性としては高めの身長のおかげで、少々高いところに置いてある食器も苦も無く取り出せていた。


「コップは赤いのが俺。で、緑が未央で、紫のが詩歩さんな」

「マイコップ、置いてあるんだ」

「蜜都のも置いておこうか?」


 そうやって話しながらも手を動かしているうちに準備も終わり、皆テーブルへと座る。


「それじゃあ、いただきます」


 詩歩の号令を合図に、皆が料理に箸をつけ始めた。


「うまい。涼護、おかわり」

「はええよ。ちゃんと噛んで食え」


 皿を空にした夏木にそう言いつつ、涼護は立ち上がっておかわりを追加し、深理は無言で食べている。


「んー、おいしい」

「気に入ってくれたならよかった」


 こちらは汐那や未央たち女性陣。男どもにはない華がある。ほどほどに食べ進めたところで、詩歩が一度箸をおいた。


「ところで、うちのバカ弟子の調子はどう?」


 そう問いかける詩歩の乳が、テーブルにのっかっている。どうやらこの体勢が楽らしい。深理がさりげなく目を逸らしつつ返答する。


「いつも通りですね。今回も平均点はクリアできるかと」

「そう」


 詩歩がにこにこと笑いながら頷いた。


「ああ、毎回こんな感じなんですね。……普段からもうちょっと真面目にやってればもっと楽できるのに」

「その手の説教は中学時代から未央や詩歩さんに言われ続けてきてるな」

「なら改善しなよ」

「善処はしてる」


 お茶を飲みつつ、そういう涼護。汐那は苦笑いを浮かべていた。


「まあ勉強しなさいとか、全教科80点台とりなさいとか言わないけど。高校と大学は卒業しなさいよ涼護」

「学園卒業してすぐに働いてもいいんですけど」

「大学で、見聞と経験積んで来なさい」


 詩歩の言葉に涼護が二の句を告げられなくなっている様子を見た汐那が、ぽつりとつぶやく。


「姉弟みたい」

「こんな姉貴、絶対嫌だわ」


 言葉とは裏腹に、涼護はうれしそうに笑っていた。




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