雑談
涼護と汐那の二人が待ち合わせ場所のマンション前に到着すると、近くの植え込みに深理と夏木の二人が腰かけていた。
「遅れたか?」
「いや、俺らもほんとについさっき来たばっかり。よっす蜜都ちゃん」
「はろー勇谷くん。笹月さんはまだ?」
「実は笹月ちゃんがまだ来てないんだよね」
夏木の言葉を聞き、涼護は腕時計で時間を確認する。
「約束の時間までまだ余裕あるけど、それにしたって未央が一番遅いってのも珍しいな。なんかあったのか?」
「それなら笹月から連絡があるだろう。なにかに巻き込まれても一人で解決しようとするお前じゃあるまいし」
「あァ? 喧嘩売ってんのかもしかして」
「そう聞こえたのならそうなんだろうな、このバカが」
「よっし構えろ」
「オイやめろそこのバカ二人なんで喧嘩おっぱじめようとすんだ」
「連絡いれてみる?」
喧嘩を始めようとする涼護と深理の間に割って入る夏木たち三馬鹿を尻目に、汐那は自らのスマホを取り出そうとして、こちらに駆け寄ってくる少女の姿に気づいた。
「あ、来た」
「ごめん遅れた、ってなにやってるのそこの三馬鹿」
「なんか一括りにされた!?」
「時間はまだまだ余裕あるけど、なにかあったの?」
わめく三馬鹿を華麗に無視し、女子二人はその場で話し始めた。未央はショートパンツにTシャツ、汐那はスカートとノースリーブという服装をしていたが、どちらもよく似合っている。
「ちょっとお店の仕込みに時間かかっちゃって。あと、整理してたらちょっと懐かしいものも見つけてね」
「懐かしいもの?」
「うん。詩歩さんの部屋についたら見せるよ」
「わかった。……ほらそこの男ども、行くよー?」
汐那にそう声をかけられ、三馬鹿は顔を一度見合わせると、渋々といった様子で離れて女性陣の後を追いかけるように歩き出した。
「笹月ちゃんの店、もう喫茶店というか洋食屋みたいな感じになってるよなー」
「美味しかったし、一品一品の量も喫茶店のわりには結構あったもんね」
「あはは、そだね。お父さんの珈琲美味しいんだけど」
「飯目当ての連中のほうが多いよなァ。俺もだけど」
「確かにな」
雑談しつつ、涼護が先頭になりマンションの中を進んでいく五人。
最上階の詩歩の部屋の前につくと、涼護が鍵を使って扉を開けた。
「合鍵もってるんだ」
「何かあったときようにお互いの部屋の合鍵持ってる。詩歩さん、きましたけどー」
「ああ、いらっしゃい」
五人を出迎えたのは、バスタオルだけを巻いた詩歩の、さもお風呂上がりですと言わんばかりの姿だった。普段ポニーテールにまとめられている紫髪はほどかれており、爆乳と称して差し支えない大きさの胸はその下半分しかバスタオルで隠されていない。
「へぶしっ!」
「あ、夏木が死んだ」
「ちょっと、詩歩さん!?」
「おっきい……!」
夏木が鼻血をだして倒れたのを深理が冷静に確認しつつ詩歩から目を逸らし、未央が叫び声をあげる。汐那は改めて見る胸の大きさと形に戦慄を覚えていた。
「なんつー姿ででてきてんですか!」
「うきゃん」
そして弟子であり師のこういった艶姿に馴れてしまっている涼護は、半ば強引に詩歩の身体を抱え込むと室内の扉の一つを開き、その中へ入っていく。
そのまましばらくして扉が開くと、中から疲れた様子の涼護と服を着た詩歩が出てきた。
「なにやってんですかまったく……」
「あはは、ごめんごめん。ついつい涼護と同じ感覚で。さ、どうぞどうぞ」
その豊かな胸や魅力的なスタイルを強調するかのような露出の高い衣服を着た詩歩が、笑いながら改めて皆を出迎えた。涼護がその傍で大きく息を吐く。
「おい、夏木生きてんのか?」
「死んだままだ。引きずっていく」
「……小さくはないはずなんだけど」
「詩歩さんが大きいだけだから、異常に。私たちは標準だから」
気絶している夏木を引きずりながら進んでいく三馬鹿+一人の後を追うこともできないほど、動揺している汐那を、慰めるようにその肩を叩きながら未央がそういった。
〇
「じゃあ詩歩さん、一室借りますね」
「うん。私はリビングにいるから、なんかあったら声かけて」
「はい。あ、これよかったらどうぞ。シュークリームです」
「きゃー、ありがとう未央ちゃん!」
「うわぷっ」
シュークリーム、と聞いた詩歩が感激のあまり抱きつき、未央の顔がその谷間に埋まってしまった。
勉強会用に借りる話になっていた客間の扉の前で繰り広げられている師匠のスキンシップに、弟子の涼護が呆れた仕草で顔を覆う。
「……なにやってんですか」
「涼護もしてほしいの?」
「いえ、遠慮します」
顔をしかめつつ、そうきっぱりと断る涼護。詩歩は、そんな弟子の様子ににっこりと笑みを浮かべた。
「いやー、そんな嫌そうな顔されると、ぜひしたくなるわねェ」
「ふっざけんな」
「あの、私たち勉強会しにきてるので」
じりじりとお互いの間合いを読み合っていた師弟の間に、抱きしめられたままの未央が割って入る。
「はーい。じゃ、頑張りなさい学生たち」
「はい」
未央の仲裁にあっさりとその場をひいた詩歩は、シュークリームの入った箱を受けとると、そのまま小躍りしながらリビングへと踵を返して戻っていった。
「乙梨君、この部屋は?」
「客間。っていっても、よく俺が使ってるから実質俺の部屋みたいになってるけどなァ。私物あるし」
ようやく部屋の中に入った五人は、それぞれの荷物を適当なところに置くと、テーブルを囲むように各々思い思いに腰を下ろしていく。
汐那の両隣に涼護と未央が座り、三人に対面するかのように夏木と深理が座った。
「蜜都、前の学校だとどこまで進んでた?」
「んー、全体的に前のほうが進んでたかな? でもそんなに大きく差はないよ」
深理の質問に、涼護から返された自身の荷物の中から、勉強道具の類を取り出していた汐那が答える。
「てか、蜜都ちゃんの前の学校ってどこだっけ?」
「うん? 桜花女学院」
「桜花? ってお嬢様学校の?」
「うん」
桜花女学院。明治に創立された名門女子校であり、名家の令嬢が多く在籍している、いわゆる「お嬢様学校」だ。歴史ある名門学園らしく、校則の厳しさや閉鎖的な環境で陽羽学園でも有名ではあった。
「桜花ってめちゃくちゃ校則きついって聞いたけど、どうなの蜜都ちゃん」
「うん。全寮制だったし、消灯時間とか帰宅時間とかすっごい厳密に決まってたしね。寮まわりとかたくさんの警備の人が巡回してたし」
「え、そんなに多いの?」
「多いよー。学校が雇ってる人と、親が雇ってる人と。あと生徒の中にも警備役というか従者がいたりした」
汐那の言葉に、苦笑いを浮かべつつ涼護がぼやく。
「マジのお嬢様学校だったなァ。部外者は内部に入るのもまず不可能なんだろ?」
「学園祭とかも身内だけしか呼べないしね。というか、学園祭というかホントの意味での文化祭」
「研究成果発表したり?」
「うん。だからそもそも学外の人を呼ぶイベントとかがない。だからすっごい閉鎖的だったよ、よくも悪くも」
「へぇ」
未央が興味深そうに声をもらす。県どころか国内でも有名な名門女子校だからか、さすがに興味があるようだった。
「というか、乙梨くん。なんか行ったことあるよな言い方なんだけど?」
「仕事の関係で行ったことあるぞ。詩歩さん桜花の重役と個人的に仲いいらしくて」
「そうなの?」
「あァ。問題を内密に片付けたいとかなんとか。まァ三年くらい前の話だから、蜜都は関係なかったと思うが」
そのまま話しに花を咲かし始めたその場の流れを、深理がぱんぱんと手を打ち鳴らして止める。
「興味深い話だけど、今日はテスト勉強が目的だろう。その話は後にしないか。特にそこの馬鹿二人、雑談してる暇があると思ってるのか? あ?」
「サッセン」
「サーセン」
一年ぶりです(吐血)
今年の後半はちょっといろいろメンタルやられてました……
来年以降は再起したいです……




