足を動かせ
「頭使うな、それより足を動かせってことかァ。深理にも難しいこと考えるなって言われたなァそういや」
涼護は自嘲の笑みを浮かべながらそう独り言をもらした。
どの依頼のこともわかっていないことのほうが多い以上、今はなにもかも調べるだけ調べるべきなのだ。それ以外のことに頭を回す必要はない。
「普段からバカだのなんだと言われてるしなァ」
言いながら、風間に話を聞くために涼護は職員室へと向かって走っていた。
その途中の廊下で、ウェーブのかかった金髪が涼護の視界にはいった。傍らには男子生徒の姿もある。
「ん、乙梨」
「風間先生」
風間がこちらに気づく。傍らの男子生徒は涼護の姿に気づくと、頭を下げてこの場から足早に去っていった。
「あれは……」
今朝がた、遥にパシりをさせられていた男子生徒だ。去っていく姿を目の端に捉えつつ、涼護は姿勢をただすと風間へと声をかける。
「ちょっと聞きたいことありまして。ここ一月の間でなんか不審者とか見かけたりしました?」
「いや、せいぜい噂を聞いたことあるくらいだな。まあ、校内にだらだらと残ってた生徒たちを追い出したりはしてたけど」
「へェ?」
「二年生が結構残ってたな。ああ、さっきの生徒も」
「わかりました、ありがとうございます」
頭を下げ、去ろうとする涼護の背中に、思い出したように風間は声をかけた。
「ああ、不審者が出たし部活も早めに切り上げて帰るように通達されてるから。あまりだらだら残らないように」
「はい」
短く返事をしてから今度こそ風間と別れ、涼護は一年の教室へと向かって駆け出す。
○
涼護が一年の教室にたどり着くと、また今朝の男と出くわした。
廊下を歩いている男とのすれ違いざまに、危うく肩がぶつかりそうになる。それを避けてふと男子生徒を見ると、苦々しく顔をゆがめている。
「あ、乙梨先輩ー」
「遥。話聞きに来た」
「はーい」
元気よく手をあげる遥を見つつ、自らの後ろを指さして涼護は言った。
「お前、まだぱしりに使ってんのか」
「便利なんで。自業自得です」
冷淡なまでにそう言い切る遥に、涼護はその頭をぐしゃぐしゃと撫でまわす。
「ほどほどになァ。痛い目見ない程度にしとけ」
「はーいッ」
そう返事する遥の頭から手をどかし、涼護は廊下の壁にもたれながら問いかけた。
「ここ一月の間で、なんか変わったことなかったか?」
「いいえー、特に。相変わらず莫迦男騙してましたけど」
「すんな」
びし、とその頭頂部にチョップを落とす。遥は特に悪びれた様子もなく笑っているだけだ。
「ところで、さっき男って盗撮写真もってたんだよな? どういう経緯で知ったんだお前」
「あー。放課後女の子と遊んだ帰り道、男子更衣室近くで。俺見た瞬間なんか動揺して写真落としてました」
その時のことを思い出したのか、遥は嫌悪感に身震いしている。涼護は目で続きを促した。
「写真に写ってたの俺だったんで問い詰めたら、自分は買っただけだっていってました」
「へェ、そうか。ありがとな」
「いえいえーッ」
にぱっと笑う遥の頭を去り際に撫でまわし、涼護はその場を後にする。
遥と別れ、充分に距離が離れてから、涼護は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「……シンプルじゃねェか、めっちゃわかりやすいじゃねェか。どんだけややこしく考えてんだ俺」
そう自らを罵倒しながら、涼護は携帯電話を取り出す。
そのまま歩きながら、どこかへと連絡をとりだした。
「……ほんとバカだな俺」
*
「はいアウト」
「……あ……!」
夜、陽羽学園男子更衣室。見回り中の斑目が、ここにいるはずのない者を懐中電灯で照らしだしている。
「う、ぐ……! なんでだ、いつもなら……!」
「この時間帯、ここには見回り来ないはずだってか? まあ確かにそうだが、タレこみあってな。少し順番変えたんだ。そういうわけで、おとなしくしてろボケ」
無線機をちらつかせる斑目にそう言い付けられ、男はがっくりとその場にへたりこんで肩を落としていた。