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Solve  作者: 黒藤紫音
これも日常
62/77

雉乃遥

かなり久しぶりの更新となってしまって申し訳ないです。


今回の話は、知ってる人は知っているキャラが出てきます。

「……乙梨先ぱぁい……」

「チェンジ」

「ひどっ!?」


 涼護らが音楽室の扉をあけると、グランドピアノの影に隠れるようにして女子の制服を着た黒髪の生徒が座り込んでいた。

 涙目でこちらを見つめながら名前を呼ぶ生徒へと冷たい視線と口調でそう涼護は言い捨てるとと即座に踵を返そうとする。


「わああ、待ってええ!」

「待たねェよバカ遥」


 涼護を必死に呼びとめているところ遥と呼ばれた黒髪の生徒へ、案内人の男子生徒はどこか怯えた様子でながら声をかけた。


「じ、じゃあ俺はここで……いいんだよな?」

「あ、はい。さっさと逝ってくださーい」


 心底鬱陶しそうに容姿に似合わぬ辛辣な毒舌を遥が吐き捨てると、そのまま男は逃げるように走り去っていく。

 その一連の光景をずっと見つづけていた汐那は、状況をつかむことができずに瞬きを何度も繰り返していた。


「遥ちゃんも飽きないなー」

「そんなこと言ってないで止めてくださいよぉ夏木せんぱぁい」


 遥が作ったようなわざとらしい甘ったるい口調と声音で夏木にそう呼びかけていた。

 その仕草に足を止めて顔をしかめていた涼護が髪をかいていると、後ろから制服の裾をくいくいと引っ張られる。


「蜜都?」

「……乙梨君、知り合い? ……あと、なんで名前呼び捨てにしてるの?」


 引っ張られるままにそちらを見ると、汐那が拗ねたような目つきで涼護を見上げていた。

 そして涼護が口を開くより先に、汐那に気付いた遥がぱあっと顔を明るくする。


「あ、初めましてー!」

「え」


 勢いよく立ちあがり、遥は両手を広げて汐那へと駆け寄っていく。

 突然の行動に、汐那は面喰って動けずにいた。


「やめんか」

「ぶみゃっ!」


 汐那が止まっている間に抱きつけるほどの至近距離に近づいていた遥の顔面を、涼護は掌で抑えつけた。


「え、乙梨君? ちょっと、相手女の子でしょ? しかも先輩っていうなら後輩じゃない?」

「こいつ男だからいーんだよ」

「………………、え?」


 涼護の言葉を聞き、たっぷり数秒間を開けた汐那はそう呟いた。次いで、抑えつけられている遥をじっくりと観察する。

 遥のセミロングのきめ細かな黒髪は手入れが行き届いており、非常に艶やかだった。細く小柄な身体つきと、誰から見ても可愛らしい顔つきをしている。とても男とは思えない容姿だった。


「信じらんないかもしれないけど、本当だよ。じゃなきゃ深理がとっくにキレてる。こういう甘ったるい媚びるようなタイプの女子があいつ、一番嫌いだから」


 そう言って夏木が顎で指した深理の顔つきは険しく、相当苛立っていることがよくわかる。


「……それに、涼護が名前で呼んでいるだろう。俺の知っている限り、この学園の女子で涼護が名前で呼ぶのは笹月や会長などよほど親しい人間だけだ」


 深理の舌打ち混じりの言葉に納得している汐那の数歩手前の位置で、バラされたことが不服らしい当の遥は頬をふくらまして拗ねていた。


「ぶー」

「ぶー垂れてないで自己紹介しろ莫迦タレ」

「はーい」


 涼護の促しにそう返事してから遥はその場から数歩下がってからファッションモデルのようなポーズをとると、そのまま芝居がかった口調で話し始める。


「……見た目は、清楚系な黒髪美少女」


 そう言いながら一歩歩を進めて止まり、またポーズを決める遥。


「そして中身は、ゲスい腹黒女装少年。……その名は!」


 そしてその場でくるりと一回転する。


「雉乃遥、高校一年生ですてへぺろぼぉえ!?」

「うっぜェ!」

「キモい!」


 言動に苛立ちが頂点に達したらしい涼護と深理が、自己紹介し終えた遥を蹴り飛ばしていた。

 床に転がった遥のスカートがめくれる。


「……あ、下着は男子用なんだね」


 遥のノリに、終始唖然としながらも汐那はそう呟いた。




「……それで、なにがあったんだ遥」

「えぇーとぉ……」


 床に正座させられた遥の眼前に、涼護は仁王立ちしていた。その一歩後ろに汐那が立っている。深理は我関せずと言った様子で壁にもたれ、夏木は座イスを持ち出すとそれに腰かけていた。

 遥はそんな状況になっても、まだわざとらしい甘ったるい口調と仕草を続けている。


「遥ちゃんはよ本題」

「いい加減にしねェと、これから苗字で呼ぶぞ?」

「やめてえええええ! ごめんなさい! 盗撮されましたあああああああ!」


 涼護の脅迫じみた言葉に遥の態度が一気に変わった。

 今までのわざとらしい仕草と口調をかなぐり捨て、床に額をこすりつけるほどの勢いで土下座する。

 そうして告げられた本題に、涼護が眉根をあげた。


「盗撮? お前が?」

「はい。さっきの男はぁ、写真買ってやがったのでぶちのめしたついでにパシリしてもらいました……」

「……ぶちのめしたという割に、顔に傷はなかったが?」


 男の姿を思い返した深理がそう指摘すると、きょとんという風に小首を傾げた遥は事もなげに言い放つ。


「見えるところに傷つけるような真似しませんよー。男には共通の弱点ありますし?」

「ひえーっ!」

「夏木うっせえ」


 大げさに怖がる夏木に向かってそう言って、涼護はそのまま腰を屈めて遥に確認する。


「お前男だよな? ノーマルだよな? 女装利用して女に抱きついて乳揉むやつだろ」

「お尻も触ります」


 しれっと告げられた遥の言葉に、汐那は思わず隣にいる涼護の服の裾をつかんだ。

 安心させるように汐那に一度視線を向けた後、涼護は遥を睨みつける。


「こいつに触るなよ」


 涼護がそう言って汐那を顎でさすと、遥はにこりと笑顔を作った。


「はーい。あ、蜜都汐那さんですよね? はじめましてー、よくファッション誌買ってます」

「う、うん。よろしく……って、え、なんで買ってるの?」

「女装の参考に」

「どうしよう、微妙にうれしくない」


 少し引いた汐那に構わず、遥はそのまま勢いよく話しかけ始める。


「二週間前出た雑誌の表紙飾ってた時のデニムスカートと上着の組み合わせ、すっごい好みです。ワンサイズ小さいのってないです?」

「あ、それ私もすっごく好みだったの。思わずその場で交渉して買いとっちゃったし。どうだろ、探してみたらワンサイズ小さいのあるかもしれない」

「マジですか? ください、ぜひ。その代わりACEの化粧品差し上げますから。親がそこで働いてるので試供品とかもらえるんです」

「本当!? ACEの化粧品!? 絶対見つけるからぜひちょうだい!」

「はい! あ、その他にも」

「何々?」

「おい女子トークで盛り上がんな。片方男だけど。てか仲良くなるな」


 涼護が止めようと割って入るが、女子トークを始めた二人の耳にその言葉は届かなかった。



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