同じ速さで
汐那がほしがっていたのはたぶんこういうもの
「……うー、ずぶ濡れ。このワンピース気に入ってたのに……」
「洗って乾かせばいいんじゃねェの?」
「簡単そうに言わないで」
軽口を叩いた涼護の額に手を伸ばし、ぺちっと額を叩く汐那。
『CITY澪都』に戻ってきたはいい二人だったが、服がずぶ濡れのために少し冷えている店内に入ってしまうと凍えかねないため、モールの風除室で立ち往生していた。
さてどうしたものかと腕を組んで考え、何かを思いついた涼護はおもむろにシャツを脱ぎ始めた。鍛えられた上半身が晒される。
「え、ちょ……! なにしてんの!?」
「服水吸って重いし、一度絞っておこうと思ってな」
「あ、ああ……そういうこと。……私も絞っておこうかな?」
その場でシャツを絞り始めた涼護と同じように汐那もワンピースのスカートを絞り出した。
びしゃびしゃと雨水が大量に絞られ流れ出していく。
「うわァ、バケツ一杯分はありそうなくらい絞れるな」
「まああんだけずぶ濡れになればね。…………ん、ちょっと寒いかも」
「言うな、俺も寒いんだ」
GWとはいえ、ずぶ濡れになってしまっては身体も冷えてしまう。
身体を小刻みに震わせつつ唇が青紫になりかけている汐那と濡れた服を絞っている涼護の背中に明るい調子の声がかけられた。
「そんな二人にホットコーヒーをプレゼント。涼護、汐那ちゃん、どうぞ」
「詩歩さん。……どうも」
「あ、ありがとうございます。……って、今名前」
唐突に現れた詩歩が突き出している二本の缶コーヒーを受け取り、涼護がプルトップを開けて一口飲んだ。汐那も同じように受け取って一口飲むと、名前で呼ばれたことに気づき小さく眼を見開いた。
詩歩がその様子にこてんと首を傾げながら口を開く。
「あら、いけない?」
「いえ、そうじゃないですけど……」
「ならいいじゃなーい。気に入っちゃったし」
「え、ええ……?」
突拍子もない詩歩の言動に、汐那も思わず呆気にとられていた。
缶コーヒーを半分ほど飲み干してから、涼護は宥めるように汐那へと語りかけた。
「慣れろ。この人の感性は弟子の俺にもわからん」
「いや、問題があるわけじゃないからいいんだけどさ」
言いながらもどこか釈然としないようで、汐那は苦笑いを浮かべながら缶コーヒーを飲んでいた。涼護と同じブラックではなく、カフェオレだ。
三人がそうしていると、ぱたぱたと数人の足音がし始めた。未央、深理、夏木の三人が顔を出す。
「涼護!」
「なんだ、戻ってきてたのか」
「あ、蜜都ちゃんもいるぶし」
現在の汐那の服装は雨に濡れて肌に張り付き透けているワンピースである。
ある意味全裸よりも扇情的な姿を見て、夏木が鼻血を噴いて倒れた。
「おい夏木ィ!?」
「ったくこの馬鹿は……」
絞ったシャツを羽織った涼護は慌てた声をあげるが、それとは対照的に深理は呆れたような声でため息をついていた。
そんな三馬鹿を尻目に一方の女性陣では、汐那の背中を押しながら詩歩が歩き出していた。未央は先頭を歩いている。
「とりあえず二人とも着替えよっか。服用意してくれてるし。こっちねー」
「蜜都さん、こっちに来て」
「あ、うん」
未央と詩歩に連れられ、汐那は歩き出した。
去り際に未央が深理へと声をかける。
「枝崎君、涼護と勇谷君のこと任せていい?」
「了解した」
*
着替え終わった涼護らは、同じように着替えていた汐那たち女性陣と合流し人気のない休憩所でくつろいでいた。
「にしても、散々な一日だったなァ」
「同感。いつも通りといえばいつも通りだけどね」
苦笑いしながら答えた未央の言葉に、涼護はばつの悪そうな顔になる。
その表情を見た夏木が、鼻にティッシュを詰めたままからかうように口を開く。
「涼護と出かけるとだいたいこんなだよなー、このトラブル吸引体質め」
「やかましいわ。つーかなんのことだ」
「否定できる要素ないでしょ。……さて、どうする? もう帰る?」
未央が皆の様子を見渡しながらそう提案する。
涼護の背中にもたれるようにして座っていた詩歩がからからと笑って言う。
「警察のほうは私が誤魔化しておいたから大丈夫よー」
そう言いつつ体重をかけてくる詩歩に潰されないようにこらえながら、涼護が少し顔色を悪くして腹に手をやった。
「俺は帰る前に飯食いたい。空きっ腹にコーヒー入れたから胃が……」
「……そういえば、食べれてなかったね」
その言葉に、まるで思い出したかのように皆の腹の虫が鳴った。
鳴き声を誤魔化すかのように未央が勢いよく立ち上がる。
「皆おなか減ってるなら、私作ろっか? ごはん」
「お、笹月ちゃんのごはんかー!」
鼻に詰めたティッシュのせいで鼻声になっている夏木がうれしそうに声を上げた。
「笹月が作るなら手伝うぞ?」
指で眼鏡の位置を直しながら深理がそう申し出る。
深理に目を向け頷きつつ、未央は汐那へと近づいた。
「蜜都さんもどう?」
「……え、いいの?」
「もちろん」
大仰に未央がうなずき微笑んだ。汐那もつられるように微笑むと立ち上がった。
まだ座ったままだった涼護や詩歩たちも同じように立ち上がると、そのまま歩き出していく。
「……ああ、蜜都」
「乙梨君?」
涼護が何かを思い出したように、六人の最後尾にいた汐那に声をかけた。
立ち止まり上目遣いで見上げてくるその仕草は、雨の中の時よりも明るい雰囲気だ。つい微笑を浮かべながら涼護は言葉を続ける。
「さっき手伝うって言ったけどな、それはたぶん俺だけじゃないぞ」
「え?」
きょとんと小首を傾げる汐那の髪を何気なく撫でつつ、涼護はふっと表情を緩めた。
「未央も手伝うだろうし、詩歩さんや深理や夏木もだ。おやっさんや管理人さんも……あげれば切りがないねェな」
「あ……、うん」
「それでもまだ不安に駆られて弱音吐きたくなったら俺に言え。受け止める」
「……うん、よろしく」
汐那が朗らかに笑い、涼護も笑った。
ひとしきり笑い合うと、二人は先を歩く四人に置いていかれないように歩き出した。
同じ速さで、並びながら。
「バカ」はこれにて終了。
汐那の過去をようやく表に出すことができました。