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Solve  作者: 黒藤紫音
バカ
58/77

手伝うよ

汐那の過去。

修正版です。

「……で、話さないのか?」

「んー、そうだね」


 大雨の中、涼護と汐那はモールへと戻るために並んで歩いている。

 互いにずぶ濡れで、汐那にいたっては白のワンピースだったために衣服が完全にその役目を果たせなくなっている。涼護は上着を脱ぎ、汐那へと押しつけた。


「まァとりあえずこれ着ろ、透けてんぞ。……白か」

「……私のキャラじゃないって? …………自覚はあるからほっといて」


 汐那は頬を薄く染めつつ、押しつけられた上着を着込んでいく。

 唇を尖らせた汐那の言葉に、涼護は不可解そうに眉を上げた。


「自覚あるんなら、なんで白だ? 似合う色にすりゃいいだろ」

「……まあ、そうなんだけどね。事務所の……というか、お母さんの方針で。小悪魔で売り出しつつ、実は清純。で、下着は白」

「……はァ?」


 それを聞いて、涼護が素っ頓狂な声をあげる。

 いくらプロとはいえ、売り出す方針のために下着の色まで指定されるということも、娘だからと母親が口を挟んでいることも理解できなかった。


「……どういうことだ?」

「あー……そうだね。……もう話しちゃったほうがいいね。君みたいにバカになったほうが楽かも」

「おいコラ」


 さすがに不服そうだが、どこか清々しい汐那の姿に、涼護はそれ以上は何も言わない。


「じゃあ、話す。…………まあ、ぐちゃぐちゃで何言ってるかわからないかもしれないけど、勘弁してね」

「わからなかったら聞き返しちまうかもしれねェけど、いいか?」

「どーぞ」


 あっさりと頷くと、汐那は空を見上げながら歩き出した。

 そうしてしばらくの静寂の後、まるでなんでもないことを話すかのような軽い調子で彼女は話しだす。


「私さ、本当はモデルやりたくなかったんだよね」


 涼護は足を止めた。

 そのまま追い越して、汐那は言葉を紡ぎ続ける。


「……ん、違うかな。やりたいと思って始めたことじゃないの。……お母さんにそのために育てられたからやってるだけで」


 先を歩く汐那の小さな背中を追うように、涼護は再び歩き出し始めた。

 雨で貼りついた前髪を無造作に払い、何も言わずに彼女の言葉を聞く。


「歩き方から髪の梳き方まで、全部叩きこまれて……その上こんな性格と容姿だからさ、同性には鼻につくんだろうね。学校じゃずっといじめられてて、家じゃスパルタ教育されたの。幼稚園から小学校の間、ずっと」


 あの夜の廃工場のことを、涼護は思い返した。

 自分を拉致した怪しい男にも噛みつくような汐那のことだ。いじめられても、敵視されても、泣き寝入りなんてせずに毅然と立ち向かっていく姿が容易に想像できる。そして、そのせいで更にいじめがひどくなっていく悪循環が起きてしまうことも。


「小学校卒業して、中学校でモデルになっても……なんにもないの。私の中も、外も、全部誰かに詰められたもので、作られたもので。……私自身なんて、空っぽだよ」


 いつの間にか、二人の足は止まっていた。

 ただ降り続けている雨の音だけがずっと続いている。


「……父親はどうした?」

「……娘を置いて、離婚だよ。お母さんについていけなくなって。……ひどいよね」


 まるで仮面を被っているかのような、不自然な作り笑いを浮かべる汐那。

 そんな汐那を見て、涼護は唇を噛みしめ舌打ちをする。


「……盛りだくさんだな。……お前が逃げ出したのは、耐えられなかったからか」

「…………聞かないでよ」

「聞き返すかもとは言ったろ」


 涼護の行動理由はいつもシンプルだ。「助けたい」と思ったから、人を助けるだけ。その姿は、自らを空っぽと表現する汐那には、眩しくて、憎らしく見えたのだろう。二人の間に、しばらく沈黙の時間が流れた。


「…………ね、これを聞いて、君はどうするの?」

「…………さァな、わかんねェよ」


 問われて、そう言い切った涼護に、汐那の雰囲気が明らかな失望に染まる。

 だから、涼護は矢継ぎ早に畳みかけるかのように口を開いた。


「だから、探すか」

「……え?」


 汐那は呆気にとられたように口を丸くした。

 少し間抜けなその姿を見て、涼護は笑う。


「だから、探そうぜって言ってんだ。テメェが納得できる答えなんざテメェで出すしかねェんだよ。俺にできるのは探す手伝いだけだ。だから、一緒に見つけようぜ」

「え……」


 その言葉に、汐那は目を見開いて息を呑んでいた。

 瞳を震わせ、嗚咽混じりの絞り出したような声で言う。


「……手伝うって、そんな……」

「見つからなかった時はちゃんと責任取るさ。てか、俺は三つ、お前自身の中身を知ってるんだ。なら他のも見つかるさ」

「……そうかな……」

「そうだよ」


 汐那の声は、周囲の雨音でほとんどかき消されていた。

 その声を聞けるのは、涼護ただ一人だけだ。


「お前は間違いなく可愛いし、それはお前自身の中身だよ。胸張れ」

「……うん……」


 雨とは違う熱い雫が、汐那の瞳からこぼれていた。

 涼護がずぶ濡れになった袖でそれを拭い、ゆっくりと歩き出す。


「ほら、早く帰るぞ泣き虫。このままじゃバカでも風邪ひいちまうっての」

「うん……」

「それに……俺、結局昼飯食い損ねてっからなァ。腹減った」

「ぷっ……あっははは……! なにそれ!」


 こらえきれずに笑い出した汐那に、涼護もつられるように笑った。


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