”自分勝手”
自分勝手な彼。
時間は少々遡る。
「ごめんね蜜都さん、涼護と離しちゃって」
「いえ、気にしてないです。早くしないといけませんしね」
くすくすと笑っている詩歩に、汐那も同じように笑いながら返した。
レストラン街の中心から離れたところを歩いている二人の見目麗しい女性たちの姿は周囲の男たちの視線を集めていたが、当人たちはまったく意に介さず歩いていた。
汐那はその容姿とモデルという職業から注目されるのは慣れているし、詩歩だって相当の美人だ。そうでなくとも露出の多い服装とスタイルの良さもあって、嫌が応にも視線を集めてしまう。
「それはそうと……蜜都さん」
ぐるん、と詩歩が汐那に向き直った。
あまりにも突然のことに、汐那は足を止める。
「何か?」
「聞きたいこと、あるんじゃない? 私に」
「……えーと」
ものすごく誰かを連想するストレートさだな、と内心で汐那は苦笑する。
けれど実際のところ、汐那は詩歩に聞きたいことがあった。
「じゃあ、失礼して。……どうして、私を誘ったんですか?」
汐那がずっと気になっていたのはそのことだ。
誘われたあの時、汐那と詩歩はほとんど他人だった。共通の知り合いである涼護がその場にはいたが、だからといって折角のGWにわざわざ誘うことに繋がるとは思えない。
何か理由があるのではないかと、汐那が勘ぐるのもおかしくはない。
「うん? 面白そうだったから」
「はい?」
だというのに、詩歩から返ってきた答えは汐那が思わず脱力してしまうものだった。
あまりにも簡潔すぎて、汐那は二の句が継げなくなりそうになるが、それでもなんとか言葉をひねり出した。
「……あの?」
「うん?」
「いえ、面白そうって……それだけですか?」
「ええ」
豊かな胸を張り、自慢げにそう言い切る詩歩。
張った拍子に揺れた詩歩の胸から目を逸らしつつ、汐那は頬を掻いた。
「まあでも、強いて言うのなら涼護が気にしてたからかしらね?」
「乙梨君が?」
「ええ」
言われて、汐那は脳裏に赤い髪の不良を思い浮かべた。
涼護が気にかけてくれているというのなら嬉しいことではあるが、何をだろうか。
そう考えていたのが汐那の顔に出ていたのか、詩歩は笑って事も無げに言い放った。
「貴女、何か事情抱えてるでしょう? たとえば……家庭環境とか」
「…………っ」
ずばりと言われ、汐那は思わず息を飲む。
まさか、彼女は。
「……知って、るんですか?」
「知ってるわけじゃないわ。ただあの人の性格やその他諸々考えたら推測できるってだけ」
詩歩は、あの人を知っている。
そして、汐那が抱える事情にもある程度察しがついていることがわかる。
「……けど、それがどうして」
「ねえ、貴女にとって、涼護は“お人好し”に見える?」
「はい?」
突然変わった話に頭が一瞬ついていかず、汐那は間抜けな声を出してしまった。
しかし詩歩の目は真剣で、気を持ち直して汐那も真面目に考える。
「……はい」
考えて、頷く。
むしろ、あれを“お人好し”以外の何と表現すればよいのか教えてほしいくらいの心境だった。
「私はね、あいつはただ“自分勝手”なだけだと思う」
詩歩の言葉に、汐那が目を見開いた。
“自分勝手”という言葉から受ける印象と、汐那の中の涼護の印象が結びつかなかったからだ。
「見捨てるのは気分が悪い。たったそれだけの理由で見ず知らずの人間を助ける。見ててイラつく、なんて理由で人の事情に口を挟む。そして、面倒だから感謝も受け取らない。自分勝手なのよ、あいつは」
「…………」
「だから、覚悟してなさい」
ビッと詩歩に指を突き付けられた。
その気迫に、汐那は一歩下がってしまう。
「涼護は、貴女の事情に首を突っ込むわ。絶対に」
誇らしげにそう言い切った詩歩に、汐那は何も言えなかった。
当の詩歩はにっこりと笑っている。
その笑みを見ながら、汐那は問いかけた。
「……貴女にとって、彼は何なんですか?」
「弟子で、部下で、幼馴染で、弟分で、心底惚れてる男よ」
詩歩はウインクしつつ、またもそう誇らしげに言い切った。
汐那には、そんな詩歩の姿はあまりにも眩しかった。
「……と、着信?」
振動し始めた携帯を取り出し、画面を確認する詩歩。
メールだったようで、内容を確認するとにんまりと楽しそうに笑った。
「……詩堂さん?」
「まーた面白いことになってるみたいよ、涼護が」
あははははと軽快に笑いながら、汐那に携帯を見せた。
覗きこんだその画面には、こう書かれている。
『またトラブルです。今どこですか?』