「…………そっか」
更新です。
伊宮さん出したら話持っていかれる……
「……なんで私ここにいるんだろ」
「お前が断り切れなかっただけだろ」
汐那がぽつりと呟いた独り言を、律儀に涼護が拾った。
現在時刻10時。「ハイツ和香」前に二人は立っている。
「だって詩堂さん押し強いんだもん」
「あの人一度決めたら絶対引かないからなァ」
土曜から数日経ち、カレンダーの暦はGW初日を迎えている。
ひったくり事件の後、どういうわけか詩歩は汐那に興味を抱き、持ち前の押しの強さを持って今日の約束を取り付けたのだ。
どうして詩歩が汐那に興味を抱いたのか、それは弟子である涼護にもわからなかった。
「つかお前、仕事はなかったのか?」
「あったはずなんだけど、昨日事務所から今日明日フリーだからっていう連絡来た。……何か知らない?」
「……知らねェ」
汐那の問い詰めるような視線から目を逸らす。
確かに詩歩なら汐那のスケジュールに無理やり休みを作らせることくらいできるかもしれないが、あまり深く考えたくなかった。
「嫌なら断ればよかっただろ」
「んー、それはそうなんだけど」
唇に指を添えながら、汐那は蒼い瞳を涼護に向けた。
にこりと極上の笑顔を浮かべる。
「君に会えるならいいかなー、って」
「だから勘違いするぞと以下略」
「略さないでめんどくさがらないで泣くよ?」
「泣きたきゃ泣けや、泣くガキのあやし方なんざ熟知しとるわ何でも屋舐めんな」
「いやそれ何でも屋の仕事なの?」
というか、と言いつつ汐那は涼護の腕を取った。
そのまま身体すべてを押しつけるように腕を抱きしめる。
「この身体のどこが子供なのよ。目悪いんじゃない?」
「あいにく両目とも1.0超えてる。つかそういうところがガキってんだよ」
首を傾げている汐那の蒼い瞳を、涼護の赤い瞳が見返した。
瞳が放つ鋭い視線に気圧され、汐那は抱きしめていた腕を離して一歩下がった。
「何かを誤魔化してるってのが丸わかりだ阿呆。嘘つくんなら完璧につき通せよ、ガキ」
「……っ!」
瞳を大きく見開いて、汐那が息を呑んだ。
不穏な空気が漂いそうになって空間に、能天気な男の声が入ってきた。
「坊主、何してんだ?」
「おやっさん」
声の主は毛利だった。
工業系の作業着を着ている毛利は、汐那に気付くと目を見開いた。
「こりゃまたえらい別嬪なお嬢ちゃんだな……坊主の彼女か?」
「違いますよ」
「そうなれたらいいな、とは思ってます」
「何言ってんだ阿呆」
「ははは、そうかい」
ひとしきり笑うと、毛利は涼護の頭に手を置いた。
そのまま涼護の頭がもげる勢いでぐわんぐわんと撫でた。
「ワシは毛利刀字。こいつの父親代わりみたいなもんだ。よろしく頼むわ、お嬢ちゃん」
「もげるもげる頭もげるヘルプヘルプ」
あまりの勢いに涼護が汐那に助けを求めた。
その光景は、確かに親子に見えなくもない。
「つかおやっさん子供いるでしょ別れた奥さんと」
「娘だからなぁ。たまに息子も欲しかったと思う」
「なら私と作りませんか息子さん」
「どっから沸いてきたんじゃ嬢ちゃん」
いつの間にか、伊宮が毛利の背後に立っていた。
伊宮の突然の登場に、まったく気配を感じなかった汐那は思わず伊宮から数歩距離を取った。
「さあ今から子作りしましょうか」
「わしこれから仕事なんじゃが」
「あ、乙梨さん。刀字さんがお父さんなら私のことはお母さんと呼んでいいんですよ?」
「俺、母親はいますからね管理人さん」
90度ほど変わった話を振られても冷静に返答する涼護の姿からは慣れが感じられた。
毛利は背中にまとわりついている伊宮を引き剥がすと、その場から走り去っていく。
「じゃあの坊主、お嬢ちゃん!」
「いってらっしゃい刀字さん」
「いってですー。また仕事あったら回して下さいね」
毛利を見送ると、伊宮は涼護に声をかけてそのままアパートに戻った。
話に入るのも見送るのもタイミングを逃した汐那は、また塀にもたれた涼護の隣に並んだ。
「……同じアパートの店子さん?」
「と、その管理人さん。変わってるだろ」
「……仲いいんだね。父親代わりだってさ」
「息子扱いされてるのは正直複雑だけどな。けど、別に嫌ではねェよ」
その言葉通り、涼護は微笑っていた。
純粋に毛利を慕っているのがわかる笑みだ。
「…………そっか」
項垂れながら、汐那がそう呟いた。