「勘違いするぞ」「いいよ?」
挙げ直しです。
そしてもう一話続きますこの章。
「しかしお前、出かけるなら最初の時みたいに変装くらいしとけや」
「あれはストーカーへの対策込み。折角のフリーなんだからいいでしょ、羽目外しても」
「それでナンパされてちゃ世話ないだろが」
呆れる涼護に汐那はむっと頬を膨らませていた。
詩歩に連絡を入れ、告げられた目的地に向かって二人は歩いている。
「買い物か何かか?」
「んー、どちらかといえば街の地理の把握かな? あんまりわかってないから」
「なるほど。時間があったら案内くらいしてもいいんだけどな」
「いいよー、気を遣わなくて」
言いながらひらひらと手を振る汐那。
涼護は所在無げに首の後ろを掻きつつ、口を開く。
「未央は? あいつそういうの買って出そうだけど」
「申し出てはくれたよ? ちょっと私の予定が合わなかったけど」
「……そういや今日あいつ部活の助っ人だっけか」
話の流れでそんなことを聞いたような気がする。
未央は運動神経が良く、お人好しなので部活の助っ人を頼まれやすい。
「うん。で、日曜日はこっちが無理」
「さよか」
「うん。まあ街の把握とは別にもう一個目的あるけどね」
「なんだ?」
当然の流れとして涼護が訊くと、汐那はにっこりと蠱惑的な笑みを浮かべた。
薄い桃色の唇を開く。
「君を探してた、って言ったらどうする?」
「……はいはい」
一瞬くらりと来たのを誤魔化すように、涼護は目を逸らし、適当にあしらう。
ぞんざいにあしらわれても、汐那はくすくすと微笑んでいるだけだ。
「勘違いするぞ」
「君ならいいよ?」
「どこまで本気で言ってる?」
「さあ、どこまでだろうねー?」
チッと涼護は軽く舌打ちした。
からかわれているのがわかっているのに、上手い反撃の手が思いつかない。
微笑んだままの汐那が少々腹立たしい。
「てか、着いてくるのはいいがつまんねェぞたぶん」
「君と少しでも話せるのならそれで充分だよ」
「だからそういうこと言うな本気にするだろが」
「だから本気にしてもいいんだってば」
心底面白そうに笑いながら言われても本気にできるか、と言いかけて涼護は口を噤む。
そんなことを言ったらどんな反撃が来るかわからない。
「お前、性格悪い」
「今更何言ってるの? そんなのあの時わかってたでしょ」
「改めてそう思ったから口にしたんだよ阿呆」
猫かぶりをやめろとは言ったが、ここまで素を出されると対応に困る。
チッと涼護がまた舌打ちをすると、汐那はにやにやと笑い始めた。
「んだよ」
「君の困ってる姿が面白いなって」
「どつくぞ」
「あ、君ってそういう趣味なの? 受け入れられるように頑張るね」
「おい本当にどついたろかこのアマ」
ビシ、と軽く汐那の額にデコピンを入れる。
汐那は額を押さえてその場に立ち止まるが、涼護は無視して先に進んだ。
「ちょ、そこは止まってよ」
「お前が悪いんだろが」
「ちょっと調子に乗ってたごめんって」
「誠意がこもってないぞ」
「いや頭下げろっていうなら下げるけど」
「そこまでしろとは言わんが少しは控えろ」
「はーい……」
残念そうに頷く汐那の姿に、涼護は三度目の舌打ちをした。
そのまま、汐那の手を掴む。
「……うぇ?」
「これくらいにまけとけ。いいから行くぞ」
「あ……」
細い手を潰さないよう、なるべく軽く掴みながら歩く。
しばらく歩き、何も言わなくなった汐那を怪訝に思った涼護が振り返る。
そこには、頬を薄く染めた汐那がいた。
「……おい、なんでそんな反応してんだお前」
「え、あ、いやー……こんな反撃されるとは思ってなくて」
「それで赤くなってんのかよ。身体測定の時は俺に乳押し付けてきた癖に」
「あ、あれはその場の勢いで……ってわかってたのならなんでリアクションしないかな!?」
「師匠で慣れてるし、リアクションしたらからかい倒すだろお前」
そう言うと涼護は前に向き直った。
そのまま歩き始めると、汐那もおとなしく着いてくる。
きゅっと手を握り返された。
○
「アンタナンパとかするキャラだっけ?」
「断じて違う!」
詩歩と合流すると、開口一番そんなことを言われた。
ひどい濡れ衣だ。
「初めまして、詩堂さん。蜜都汐那です」
「正確には初めましてじゃないけどね。詩堂詩歩よ、よろしく」
汐那の言葉に返事しながらも、詩歩の視線は下に向いている。
先ほどからずっと繋がれている、涼護と汐那の手に。
「仲良くなったわねェ。まあ涼護なら不思議じゃないけど」
「どういうことですか」
「自分で考えなさいな」
睨みつける涼護だが、詩歩はまったく意に介さずに笑っていた。
詩歩に話すつもりがないことを長年の付き合いから悟り、涼護は一呼吸入れて頭を切り替えた。
「で、対象は?」
「あれ」
詩歩が指差したほうを見る。
そこには調査対象の男とその連れの女性。そしてもう一人女性がいた。
「どういうことなの!?」
「ねえ!」
「あー、いやその……」
修羅場だ。
女性二人がものすごい剣幕で男に詰め寄っている。
「……三股?」
「みたいね」
「ちなみに蜜都さん、お前的にああいう男は?」
「最低」
一刀両断の評価である。涼護も同感だが。
パァンッと張りの良い音が響いたと思うと、男がその場にぶっ倒れていた。
どうやら女性二人に張り倒されたらしく、怒りも顕わに二人は男を放置して歩き去って行った。
「自業自得だな」
「女の敵だね」
涼護と汐那は揃って虫けらを見るような目で伸びている男を見た。
詩歩はくつくつと喉で笑いつつ、涼護を指でつついた。
「何です?」
「私、依頼主に連絡してくるわ。中間報告と調査継続で」
「継続する必要あります?」
「三股だけだと思う?」
詩歩にそう問われ、涼護は一考し……げんなりとした表情を浮かべた。
当初二股だと思っていたのが三股だったのだ。四股、五股も可能性としては充分ありえる。
「……確かに可能性としては捨てきれませんか」
「そういうこと」
詩歩はそう言って指をくるりと回して立てた。
ウインクするように片目を閉じ、詩歩は口を開く。
「だから、それまであの子をちゃんとエスコートしてなさい、おバカ弟子」
「……了解しました、阿呆師匠」
涼護の返事を聞き、詩歩は楽しそうに笑ってその場から離れて行った。
汐那は攻められると弱いので常に先制攻撃です。