付き合って?
ほぼ一カ月ぶりです。
当初予定していたプロットでは詰まったので、変更して書いていたら時間がかかりました……
「詩歩さん」
「んー?」
「んー、じゃないです離れてください」
「いいでしょ別に」
「何がどういいんですか……」
とあるスイーツ専門店。
店内のテーブルの一つに涼護と詩歩は座っていた。
ちなみに涼護と詩歩の距離はかなり近い。
「……しかし、女がいる身で他の女とデートとかいい御身分ですね」
「そうねェ」
自分たちのテーブルから少し離れたテーブルに座って談笑している男女を見て、二人は言った。
今回の依頼は「浮気調査」であり、談笑している男女の男のほうは調査対象である。
地味目ではあるが悪くない顔立ちの女性と、軽薄そうな男の組み合わせはなんとも不釣り合いだった。
へらへら笑っている男の笑みが不快である。
「……何がいいんだか」
「男慣れしてない女の子はちょっと声をかけられただけでも落ちちゃうのよ」
「……言いたいことはわかりますがアンタが言うと果てしない違和感が……」
「どういう意味よ」
そう口にしながら、詩歩は涼護の額を小突いた。
小突かれた額を撫でつつ、それとなく涼護は男女に注意を向ける。
「で、浮気確定だと思います?」
「依頼主の基準にもよるわね。私的見解ではまだグレー。黒にわりかし近いけど」
一口大に切り分けたケーキを口に運びながらそう告げる詩歩。
確かに今は男女で出かけて食事しているだけで、これで浮気だと断定するのは少々早計だ。
「男女だけで出かけるっていうなら俺も経験ありますしね」
「私と未央ちゃんの他にもいるのよねー?」
「ノーコメントで」
師弟漫才はさておき、涼護は男女の観察に戻った。
かなり親しげに談笑しており、交際していると言われれば納得できそうな雰囲気ではあった。
だが男のほうは他に恋人がいるはずで、もし実際に交際しているのなら浮気二股確定である。
とはいえ、あくまでそういう雰囲気でしかないため、浮気と断定はできない。
ケーキを口に運んでいた詩歩は、二人を注意深く観察する涼護を見て、唐突に持っているフォークを差し出した。
「涼護、一口食べる?」
「甘いもんはあんま好きじゃないんですが。つか仕事中」
「けど、一口くらい食べないと変に目立つわよ?」
詩歩の言葉に、それもそうかと内心で涼護は納得する。
おそらく、涼護と詩歩は周囲の客や店員から「少々年齢の離れた恋人同士」と見られている。
そのほうがこの場の雰囲気に合っているので目立たないように対象を調査するのは向いているが、だからこそまったく恋人同士の仕草をしないというのは不自然になってしまう。
そう考えると、ここで拒むのは得策ではないと判断し、涼護は溜息混じりで申し出を了承した。
「……一口ください」
「はいあーん」
「もぐ」
詩歩に差し出されたケーキを食べる。
甘ったるい味が口内に広がり、涼護は思わず顔をしかめてしまった。
「どう?」
「甘いです。ひたすら」
「そう?」
「もういらねェです。甘いもん食いたきゃテメェで作りますし」
そう言って涼護はコーヒーを啜る。
コーヒーの苦味でケーキの甘味が中和された。
「できる人の台詞よねェ……」
「未央だってできますけど?」
喫茶店の娘だからか、未央は本当に料理が美味い。
洋菓子でも普通に作れてしまうのだ。
「そういうことじゃないんだけど……と、もう出るみたいね」
詩歩の言葉を聞いて、涼護もテーブルに目を向ける。
男女両方とも立ち上がっており、男の手には伝票があった。
「みたいですね。俺が払っておくので詩歩さん尾けてください」
「あら、涼護が出すの?」
「こういう時は男が出すもんだって教えたのはアンタでしょうに」
苦笑しながら伝票を持って立ち上がった涼護を見て、詩歩も苦笑を返し、残っていたケーキを食べ切って同じように立ち上がった。
「じゃあ、私行くから。お願いね」
「了解です」
店から出ていく詩歩を見送って、涼護はレジへと足を運ぶ。
伝票を渡して代金を払っていると、店員から声をかけられた。
「綺麗な彼女さんですね、大切にしてあげてください」
「彼女じゃないですけどね。大切にはしますが」
軽口に軽口で返し、涼護は店を出て詩歩の後を追った。
○
店から出た涼護は、先に出たはずの詩歩の姿を探して周囲を見渡した。
そうしていると、何か見覚えのある蒼が見えた。
「……蜜都?」
涼護が知っている限り、あの青空を連想させる蒼い髪の持ち主は蜜都汐那しかありえなかった。
彼女は存在感があるので、少し離れたここからでもわかった。
ついでに、汐那に声をかけている数人の莫迦な男の姿も。
「蜜都」
「乙梨君」
名前を呼ばれ、涼護に気付いた汐那は、にやりと笑ったかと思うとそのまま駆け寄り、その腕に抱きついた。
涼護に身体を密着させながら、汐那は口を開いた。
「ごめんなさい、彼が先約なの。だから、貴方たちとはご一緒できません」
「……まあ、そういうわけなんで」
汐那の言葉の意図を読み取り、口裏を合わせた。
大方ナンパでもされていたんだろうなと当たりをつける。
涼護の予想は大当たりだったようで、男共がわめき出した。
「えー、こんな奴より俺らのほうがいいって」
「そうそう、おいでよー」
「そういうわけだからお前、帰れ」
へらへらと軽薄な笑みを浮かべている男共。
涼護ははあ、と軽く溜息をついた。
「相手にすんのも阿呆らしい……行くぞ」
「うん」
涼護が腕に抱きついている汐那を連れてその場を離れようとすると、男共が呼び止めた。
「待てよ」
「その子俺らが狙ってんだけどー?」
聞いていて不快になる声だった。このまま聞いていると耳が腐りそうだった。
チッ、と舌打ちした涼護は、汐那に腕を放すよう目配せする。
その意図を読み取った汐那が腕から離れると、涼護は男共に向き直った。
「ああ、何おま……」
「いいからちょっとこっち来いや」
男共と一緒に、涼護は路地裏に入っていった。
そして三分も経たないうちに、涼護だけが路地裏から出てきた。
「あれ、もう終わったの?」
「一撃必倒。急所にぶちこんで気絶させたから」
汐那にそう答えると、涼護はそのまま足を進める。
その後ろを自然な様子で汐那がついてきて、涼護は眉根を寄せて足を止めた。
「……なんでついてくる?」
「……ダメ?」
くりん、とした瞳で上目遣いにこちらを見上げる汐那。
流石というかなんというか、自分の容姿の使い方を心得ている。
が、そういう手には色んな意味で馴れている涼護には通じない。
「ダメ」
「うわ即答。何か用事?」
「お仕事中です」
ぷらぷらと手を振りながら汐那をあしらう。
涼護の言葉に、汐那は小首を傾げていた。
「あー、何でも屋だっけ?」
「便利屋とも言うけどな。まあそういうことだ」
「ふーん……仕事の内容は教えてくれないんだろうね、守秘義務とかあるだろうし」
「まあ、他人にべらべら喋っていいことじゃあねェな」
「だよね。それならいいよ」
汐那のあっさりした態度と言葉に、もっと問い詰めてくるんじゃないかと思っていた涼護は少し驚いた。
そんな涼護の考えが顔に出ていたのか、汐那は見上げたままでにこりと笑う。
「私も現役のモデルだもん。その辺りのマナーはわかってます」
「あー……なるほど。そりゃそうか」
汐那の言葉に納得し、同時に内心で彼女を少し見くびっていたことを恥じた。
気まずくなって目を逸らすと、汐那は逸らした視線の方向へ回り込み、涼護の顔を覗き込んだ。
「ひょっとして、ずかずか踏み込んでくるかと思ってた?」
「……まあ、少しな。悪い」
「それは別にいいけど……悪いと思ってるなら、ちょっと付き合ってくれる?」
汐那の言葉に、涼護は眉を吊り上げた。
じっ、と汐那を見返す。
「……おい」
「お仕事の邪魔するつもりはないよ。たださ、いくらか時間はあるでしょ?」
「……まあな。ここからまた移動するし」
「だったら、そこに着くまでの間だけでいいからちょっと付き合って?」
ね?とくりんとした瞳で見上げてくる汐那に、涼護は軽く息をつき、了承の意思を示した。