悪戯
イチャつくな……!
第一体育館。
「じゃあ、あたし行くから。たぶん菜摘ももういるだろうからそっち合流する」
「一緒には行かないの?」
「菜摘ほっといたほうが面倒そうだし。じゃね」
そう言い残して、晶は身体測定をする女子生徒たちの中に消えて行き、見えなくなった。
残されたのは、汐那と未央の二人だ。
「行こうか、蜜都さん」
「そうだね。身長からにする?」
「……そこは、もう少し心の準備ができてからにします……」
よほど気にしているのだろう、未央は悲壮な顔つきでそう宣言した。
汐那は噴き出しかけるのを抑えて、とりあえずどこにするかはともかく、歩みを進めることにする。
さて、最初はどこにしようか。
○
「身長170センチ」
「はーい」
汐那はカルテに記録を書きこむ。結果自体は、去年とほぼ変わらない。
書き終えると、身長を測定している場所から離れた。
第一体育館は今、測定場所ごとに簡易カーテンで分けられている。
ちなみに、測定器具を扱っているのは全員女性教諭だ。
当然のことながら、男性教諭に女子生徒の身体測定を任せるわけにはいかない。
「えーと、他は……」
3サイズは既に測り終えている。体重もだ。
身長も今終わったし、座高も一緒に測っている。
汐那が視力や握力辺りにでも行こうかと思っていると、後ろから何やら暗い声が聞こえた。
「……蜜都さん……」
「……笹月さん?」
暗かった。影を背負っている。
汐那は普段の明るい姿しか知らないからか、一瞬誰だかわからなかった。
「……どうしたの?」
「……身長が」
「身長が?」
「……去年と、全然変わってない……!」
「……ああ」
未央の言葉に納得した。
第一体育館に入る前、晶とそういう会話になったのを思い出し、同時に未央が身長の低さを気にしていることも思い出した。
「……えーと、身長高いと高いで困ることもあるよ?」
一応、フォローを試みる。あまり効果は期待できないけれど。
実際、未央は沈んだ顔をしたままだった。
「……涼護にバカにされるし、高いところにあるものとか取れないし……せめて160は欲しいのに……」
「あー、うーん……」
「蜜都さんは何してそんなに身長伸ばしたの?」
「いや、別に特別なことはしてないよ。運動とかはしてたけど……遺伝じゃないかなぁ」
具体的な数値はわからないが、汐那の母親もそれなりに身長があったはずだ。
とはいえ、たとえ両親が高身長だったとしても、小さい人は小さいが。というか、女性は元々、身長が伸びにくいものだし。
「遺伝、かぁ……お母さんもお父さんも低くは無いんだけど……」
「……まあ、そんなに気にすることないと思うよ?」
汐那が、未央から目を逸らしつつ言った。
170センチの自分が言っても嫌味でしかないということはわかっているようだ。
「それはそうと、他の測定に行かない?」
「そうね……はあ」
言いつつ、未央は溜息をついていた。
それを見て、なるべく未央に身長の話題は振らないようにしよう、と汐那は心に決めた。
○
身体測定が終わった。
第一体育館から出て、そのまま汐那と未央の二人で教室に戻ろうと廊下を歩いていると、途中で見覚えのある赤と黒と茶が見えた。
「乙梨君」
「げ、蜜都に未央」
声をかけた途端、失礼極まりない声をあげた涼護は、嫌そうに顔を顰め、踵を返して逃げ出そうとした。
が、一緒にいた深理と夏木が捕まえる。
「ほら、逃げるな」
「笹月ちゃんのお説教、たっぷり聞いておけ?」
深理は苦笑して、夏木はにやにやと楽しそうに笑いながらそう言った。
涼護はそれでも逃げようとしていて、二人がそれを抑えている。そんな三人を見て、汐那は苦笑した。
と、そんな光景を見ているうちに何かを刺激されたのか、汐那は悪戯を思いついた悪ガキのような笑顔を浮かべた。
「はいはい、どのみち逃げられないんだから、諦めたら?」
「俺は諦めない……何があっても」
「決め顔で言ってるところ悪いけど、格好悪いからね?」
「ネバーギブアップ……!」
往生際悪く逃げ出そうとしている涼護に近づき、汐那はその背中に抱きついた。
むぎゅう、と涼護の背中に押し付けられて汐那の豊満な胸が潰れているが、二人とも気にしている様子はなかった。
「はい、こっちに来る」
「離せ蜜都!」
「駄目だってば」
涼護がその気になれば汐那くらい簡単に引き剥がせるだろうが、女性だということを考慮してか、力ずくで逃げようとはしていない。
汐那もそれがわかっていて抱きついたらしく、そのままぐいぐいと未央のほうに引っ張っろうとしているが、涼護は必死にこらえていた。
「諦めなよ」
「いや今回はマジで俺悪くないんだって!」
「悪くないなら逃げる必要ないでしょ? 胸張って弁明すれば?」
「待て弁明って俺が悪いの前提じゃねえか!」
「気のせいじゃない?」
「絶対気のせいじゃねェだろが!」
ぎゃあぎゃあと廊下で騒ぐ二人。
傍から見ればなんとも仲良さげというか微笑ましく見える光景ではある。
がいきなり予告もなしにそんなもん見せられるのは外野から見ればたまったものではないわけで。
「え、蜜都さん?」
「これはまた、大胆というかなんというか……」
「ちくしょうまたかこのフラグ体質があああああ!!」
未央は純粋に驚いている。
汐那が涼護に抱きついた辺りから、一歩離れていた深理と夏木は片や感心し、片や血涙を流しかねない形相で涼護を睨んでいた。
そんな三人を無視して、二人は会話を続ける。
「乙梨君、結構鍛えるね」
「そりゃ筋トレしてるしなァ。身体が商売道具だし鍛えておいて損はないしっつーか手を動かすなくすぐってェ」
「あはは、ごめんごめん。でもすごい引き締まってるね。私も一応ジム通いとかしてるけど」
「女には付きにくいんじゃねえの筋肉って。つかいい加減離せ」
「うん」
気が済んだのか、あっさりと素直に手を離す汐那。
ふう、と息を吐いて涼護は振り返った。
「ああ、もう。さっさと教室戻って帰るぞ」
「うん、そうだね」
さっきまで男に抱きついていたとは思えないような気楽さでそう頷く汐那。
そんな汐那に、涼護は何も言えずにがりがりと赤い髪を掻いていた。
そんな涼護を見て、汐那は目を細め、くすりと微笑んだ。
「なんだよ?」
「別に、何でもないよ」
可愛い、と思ったのを口にしたら怒りそうなので、言わないでおくことにする。
あと一話……。
*この話は一度投稿した話を編集したものです。*