「感謝する」「お互い様」
更新ー。
さてはて。
汐那は、自分の体力測定を一通り終わらせた。
周囲を見渡すと、ほぼ全ての女子の測定が終わったようだ。
涼護たちのほうへ向かっていた未央もすぐに戻ってきて、残っていた測定を先ほど終わらせていた。
そろそろ男子と女子の交代である。
「次身体測定かぁ……伸びてるかな……」
「別にもう充分じゃないの?」
「……せめて160はほしいの、何かある度に涼護に「平均身長もないチビ」とか言われるし」
「笹月さん、今何センチ?」
「…………152です…………」
「あー……」
汐那が何かで読んだ本によると、高二女子の平均身長は150後半だったはずだ。
それを考えると、未央の身長は確かに低い。
「ふーん……蜜都は?」
「前に測った時は、170……だったと思う」
「170!?」
高二女子の平均身長から考えると、10センチ以上上の数値だ。
汐那自身、高い方だとは思う。
「モデルってそれくらいないと映えないんだよね」
「それはそれは……私は168くらいだったかな、前は」
「初見さんも充分高いよ……羨ましい」
羨むような声で晶を見る未央(152センチ)。
そんな彼女を汐那(170センチ)と晶(168センチ)が微笑ましい目で見ていた。
「そういえば、和泉さんは?」
「さあ?」
「さあって……」
苦笑しつつ、汐那は周囲を何気なく見渡すが、見当たらない。
汐那自身、菜摘とは面識もほとんどない上に、彼女の髪色も別に珍しいものでもないので、殊更見つけられない。
涼護なら、すぐに見つけられる自信はあるが。
「蜜都。に、未央に初見か」
今だってそうだ。
涼護が気付いて声をかける前には、汐那はもうその姿を見つけていた。
「おう、乙梨」
「ん」
「涼護、さっきのことは後でまたお説教だから」
「いや今回俺は悪くねえから」
「お黙りなさい」
二人のやり取りに噴き出しそうになるのを必死にこらえる汐那。
そして、深理が眉間を寄せているのに気付いた。
「どうかしたの、枝崎君?」
「……別に」
ずいぶんと素っ気ない返答である。
晶の言っていた通り、深理は女性が苦手、というよりは関わり合いになりたくないようだった。
事実、深理の視線は、汐那にはまったく向いていない。
「そういや勇谷、アンタ身長何センチだった? ついに180に到達したか?」
「うるせえほっとけ」
「してないのか」
「ほっとけいいだろああ到達してねえよ!」
夏木がノンブレスでそう言い切った。
どうやらこの二人もそれなりに親しいらしい。
「未央、話後でいいだろ。俺ら測定行くから」
「ああ、うん。じゃあ後で覚悟してなさいね」
「全力で逃げ出したい所存」
「ちょっと!」
また口論が始まりそうになっていた。
汐那としてはそれ自体は構わないのだが、涼護の言う通り、今は測定をしてしまったほうがいい。
そのためにも今は体育館である。
「笹月さん、それは後にして、先に体育館で測定しない?」
「え、あ、うん。いや、でも」
「乙梨君捕まえるのなら私も手伝うから」
ね、と未央を見て言う。
まだ少し悩んでいる様子の未央の背中を、汐那はもう少しだけ押すことにした。
「枝崎君たちも協力してくれないかな?」
「は?」
「俺らも?」
聞き返してきた深理と夏木に、汐那はこくんと頷いた。
そしてちらり、と深理に視線を向ける。
それだけで、汐那の意図は伝わったらしい。
「……そうだな。涼護が逃げるようなら、捕まえるのを手伝おう」
「おい」
「俺は蜜都ちゃんのお願いならいくらでも喜んで!」
「待て」
涼護が何か言っているが、聞き流すことにする。
ちら、とまた深理に目を向けると、向こうも汐那を見返して、にや、と笑っていた。
「……そうね、捕まえるの手伝ってくれるのなら、まあいいかな。今は測定終わらせたほうがいいでしょうし」
「まあ、ここで止まってるのも迷惑っちゃ迷惑だよなぁ」
未央の言葉を補足するように、晶が言う。
そして軽くパン、と手を叩いて、汐那が場をまとめた。
「行こうか、笹月さん、初見さん」
「ん、了解。じゃあね三馬鹿」
「また後でね、涼護、枝崎君、勇谷君」
「ああ」
「ういうい」
「えー、あー……おう……」
不承不承ながらも頷いた涼護を連れて、深理と夏木は止めていた足を動かし始めた。
汐那たちも歩き出し始める。
と、すれ違う瞬間に、深理が声を顰めて、汐那に言った。
「……感謝する」
「何が?」
「話をさっさと終わらせたことと、二人のやり取りを止めたことだ」
「お互い様でしょう?」
「……だから、色んな意味を込めて、感謝してるんだ」
お互い、相手のほうを向かず、前を見ながら話していた。
短い会話を終え、歩いていた二人の距離は開いていく。
「蜜都さん?」
「蜜都?」
「すぐに行くよ」
距離が開いてしまった未央と晶に追いつくため、汐那は少しだけ足を速めた。
向こうも似たようなことになってるんだろうな、と思いながら。