蜜都汐那
乙梨涼護は陽羽学園二年生であり、学園の有名人だ。
『依頼』があればどんな仕事もする。
ある時は生徒会の使いっ走りをやったり、先ほどのように部活の助っ人をやったり。
流石に法に触れそうなことはやらないが、とにかく『依頼』されると何でもやる。
そうしてついた呼び名が“陽羽のトラブルバスター”だ。
そういうわけで涼護は良くも悪くも有名人だ。
ただでさえ人相の悪い顔つきなのに、そんな職業のせいで一般生徒には敬遠されていたりするのだが、中には物好きな例外もいる。
その筆頭が、今涼護と一緒に帰っている笹月未央だ。
「仕事するのはいいけど、無理して倒れたりしないでよ、涼護」
「それお前には言われたくないな……」
帰り道に陽羽商店街を歩きつつ、涼護は未央の言葉に反論する。
自分より未央のほうが無理をする性格だ。
「ちゃんと考えてるから大丈夫よ」
「……ならいいけどな」
こいつの大丈夫はあてにならない、と内心思いつつ適当に頷いた。
そして、何気なく視線を横切ろうとしていた本屋に向ける。
本棚に置かれている、女性向けの雑誌が気になった。
正確には、その雑誌の表紙に大きく載っている女性が気になった。
自然、足を本屋に向ける。
「涼護、どうしたの?」
「あー、いや。なんかこの女見たことあんなぁって」
言いつつ、涼護はその雑誌を手に取った。
ピンクが多く使われていて、普段の涼護が絶対手に取らないであろう類の雑誌だった。
未央は涼護が手に持っている雑誌の表紙を覗き見ると、口を開いた。
「ああ……蜜都汐那ね」
「蜜都汐那?」
未央の言葉をそのまま反芻する。
すると、未央が目を大きく見開いて涼護を見上げていた。
未央の身長は涼護の肩よりも低いので別段見上げられること自体には慣れているが、そんな表情はあまり見たことがない。
「え、知らないの?」
「なんか見たことあるなぁ、ってくらい。知ってるのか?」
涼護がそう訊くと、未央ははぁ、と呆れたように溜息をついていた。
流石にむっときて、思わず眉根を寄せた。
「何だよその反応」
「涼護、少しは芸能とかニュース見た方がいいよ?」
あまつさえ呆れ顔でそう言われた。
文句の一つでも言ってやろうかとも思ったが、話が脱線しそうなので我慢する。
「……で、誰?」
「蜜都汐那。私たちと同年代で、すごい有名なモデルさん」
そう言って雑誌の表紙を指差した。
「お母さんが元モデルさんか何かで、彼女も同じようにモデルをしてるの」
「……まあ、この容姿ならわからんでもないが」
モデルを職業にしている人間は、ほぼ皆が容姿端麗である。
この蜜都汐那も、かなりの美人だった。長い蒼の髪が印象的だった。
写真を見る限り、スタイルもいい。
「さっきも言った通り、有名なモデルさんでね。何本かCMにも出てるよ。ほら、涼護がよく飲んでるコーラのCMとか」
「……ああ」
海を背景に水着の女性が美味しそうにコーラを飲んでいるCMが頭に浮かんだ。
涼護の記憶違いでなければ、確かにCMに出ていた女性はこの蜜都汐那と同じだったと思う。
「他にも、確かドラマにも出てたよ。主役……じゃないけど」
「ふーん」
そう言って、涼護は本棚に雑誌を戻した。
歩き始めると、未央が自然な動作で隣に並んだ。
「小悪魔的な性格で、そこもまた人気の一つなんだって」
「そうかい。……つか、なんでそんな詳しいんだ。ファンか?」
視線を向けると、未央はくすくすと笑っていた。
「別にファンじゃないよ。雑誌とかに載ってたの言っただけ。それにさっきも言った通り、有名だからね。テレビとか見てるとよく見るよ」
「はーん」
涼護自身、別にテレビをまったく見ないわけではない。
刑事物のドラマはよく見るし、バラエティも見るほうだ。
ただ、その『蜜都汐那』に興味がなかっただけだ。
とはいえ、そんな涼護でも「見たことあるな」と思うのだから、未央の言うとおり人気はあるのだろう。
「……そういや夏木がなんか騒いでたような……」
「たぶん、涼護が思ってる理由でよ」
自分の悪友が騒いでいたのを思い出す。阿呆だなァ、とか思いながら見てたのを覚えている。
まあ、あの容姿なら騒がれてもおかしくない気がする。
「それはそうと、涼護。夕飯どうするの?食べていく?」
「まだ早いだろ」
時刻を確認しても、まだ17:20だった。バスケ部の助っ人で学園を出るのが遅くなったとはいえ、流石に夕飯にはまだ早い。
「じゃあうち手伝ってよ。この時間だと忙しいだろうし、手伝ってくれるならありがたいよ?」
「……空きっ腹抱えて、働けってか。お前結構無茶言うよなァ?」
「無理なの?」
未央の言い方は、どこか挑発しているようだった。
涼護はにやりと笑って未央を見た。
「その言い方は卑怯だろ。やってやるしかなくなるじゃねえか」
「うん。じゃあ頑張って?」
「……こいつは」
策士だな、と内心で呟く。と、同時に苦笑する。
「んじゃ、行くか」
「頑張ってね」
「……未央もやれよ?」
「わかってるわよ」
そのままじゃれあうような口論を続けながら、二人は未央の家がある方向へ歩いて行った。