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Solve  作者: 黒藤紫音
転校三日目
28/77

変人の見本

更新久しぶりですー。

けど全然話進んでないっていう。

 汐那の足の痺れが引くのを待ち、教室に戻った涼護を迎えたのは未央の怒声だった。

 そして、説教してくる未央の小言を聞き流し――たまにちゃんと聞いてるの、と耳を引っ張られることもあったりしたが――涼護はいつも通り午前の授業を寝て過ごし、今日も昼休みを迎えた。

 チャイムが鳴り響き、涼護は目を覚まして机から身体を起こした。

 くあ、と欠伸を一つする。


「あ、起きた?」


 汐那がこちらを振り向いていた。

 寝ぼけ眼をこすりながら向き合うと、くす、と汐那が微笑しているのが見えた。


「なんだよ?」

「別に何も?」


 何もないという態度には見えなかったが、訊いても答えないだろうなと思い、深くは訊かないことにした。

 それよりも、ようやく昼休みだ。

 涼護には、昼食を食べるという大切な用事がある。それ以外は些細なことだ。


「蜜都、一緒に食うか?」

「君がいいのならいいよ」


 汐那と話しつつ、鞄から弁当箱を取り出す。

 移動するのも面倒だから、今日は教室で食べることにする。

 包みを解こうと、机に置いた。


「さて、食うか」

「……乙梨君って、早弁とかしそうなタイプなのに、しないんだね」

「ああ。まあな」


 汐那が向かい合うように椅子の向きを変えて、涼護の机に小さな弁当箱を置きながら言った。

 涼護は包みを開く手を止めて、言葉を続ける。


「早弁する時はするけどな。基本寝てるだけだからそんなに腹減らないし」

「うわあ何それ」

「ほっとけよ。……っつーか、早弁するとするで未央がうるさい。早弁くらいで説教されたくないしな」

「あははは、なんか世話焼き女房と駄目亭主みたい」

「誰が駄目亭主だよ。つか付き合ってないし、そういう表現やめい」

「ごめんごめん」


 ったく、と言葉を洩らしながら、今度こそ包みを開けようとする。

 が、その手は止まる。

 何か、音がした。


「なんか聞こえないか?」

「え? ……あ、なんかピーガーって音が」


 音がしているほうを向くと、教室の窓があった。

 その向こうから音がする。

 音に気付いた生徒たちは、皆外を覗きこんでいた。

 涼護は立ち上がって、窓のほうに向かう。


「どうした?」

「……なあ、涼護」


 窓の外を見ている夏木に声をかけると、何故か強張った声が返ってきた。

 その声に首を傾げながら、夏木の次の言葉を待った。


「なんだよ?」

「……外、見てみ?」


 そう言って、夏木が場所を空けたので、そこから外を覗きこむ。

 そして、見えた姿に、ビシリ、と固まった。


「……あれさぁ」

「……言うな、夏木」

「どうしたの?」


 汐那も気になったのか、外を覗きこんだ。

 女性にしては高い身長のおかげで、少々後ろのほうからでも外は見える。

 そうして見えた姿に、目を見開いた。


「……ねえ、あの人……」

「言わないでくれ……」

「現実から目を背けないの、涼護」


 そう言ったのは未央だが、彼女も顔が引きつっていた。

 涼護としては現実から目を背けたい。できれば他人のフリをしたい。

 が、次の瞬間聞こえてきた声のせいで、そんな真似はできなくなったしまった。


「もしもしー、師匠のお昼ごはんを用意し忘れる不出来な弟子、乙梨涼護はどこですかー?」


 大音量である。

 メガホンを使った大音量の声で、名指しされた。

 外を見ていた皆の視線が、一瞬で涼護に集まる。

 大多数の視線を受けて、涼護は怒涛の溜息を吐きだした。


「あ、の、人は……!」


 そして、踵を返して駆け出す。

 教室の扉を乱暴に開き、廊下を爆走する。

 廊下から一階へ続く階段をジャンプして飛び降り、踊り場で身を翻して、またもう半分の階段を飛び降りる。

 そのまま一階の廊下を駆け抜け、下駄箱に出る。

 靴を履き替える手間も忘れ、上履きのまま外に出た。

 さっきまでいた二階の教室に、いまだ大音量で呼びかけている阿呆の姿を見つけると、さらにスピードを上げる。

 そして、跳んだ。空中で身体を捩じり、蹴りを繰り出す。

 叫んだ。


「何してやがりますかこのクソ師匠ォォォォ!!」

「おおっと」


 涼護の渾身の蹴りは軽くいなされ、ぽーん、と投げ飛ばされた。

 世界が逆転していくのをゆっくりと感じながら、地面に落ちる。

 受け身は取ったが、空中から地面に自由落下で叩きつけられて、肺から思いっきり息を吐き出した。


「うげほ」

「何するかなぁ、お馬鹿弟子」

「そりゃこっちの台詞だ変人師匠が!」


 勢いをつけて起き上がり、指を突き付けて叫んだ。

 しかし、指を突き付けられた当人……詩歩は平然としていた。

 あまつさえ、拗ねたような口調で口を開いた。


「だって、君がお昼用意し忘れるのがいけないんでしょー?」

「昨日大仕事こなした後でアンタの昼飯用意する余裕あるかァァァ! 適当に済ませてくださいよ、インスタントなりなんなりあったでしょうがァ!」

「いや、あったけどさぁ。私は君の手料理が食べたいんだよ、うん」

「うん、じゃねェよ!」


 ぜえはあ、と肩で息をする。

 詩歩はぷく、と頬を膨らませていた。


「まあとにかく、お昼頂戴。お弁当あるでしょ?」

「一昨日の残り物詰めただけのですけど? 米だって冷凍してたのを解凍したのを詰めてるだけですし」

「それでもいいの。君の手料理には違いない」

「アンタなァ……」


 はああ、とまた怒涛の溜息が、涼護の口から吐き出された。

 自分の師匠ながら、本当に変人の見本のような人間だ。

 昼食がないからって、わざわざ学校まで来るか普通。


「涼護」

「あん?」


 さてどうしたものかと涼護が足りない頭を回そうとしていると、頭上から自分を呼ぶ声がした。

 上を見ると、教室からぽい、と何かが投げ出された。

 落ちてきたそれを、思わずキャッチする。

 手の中に落ちてきたそれは何か確認すると、自分の弁当箱だった。

 

「それで手を打っとけ」

「……深理、お前なァ……」


 弁当箱を投げたのは深理だった。

 上にいる深理を見返すが、当人はどこ吹く風だった。

 とはいえ、確かにここは深理の言う通りかもしれない。

 詩歩にはさっさと帰ってもらいたい。


「……これ、俺の今日の弁当です」

「みたいだねぇ。もらっていくよ?」

「……どうぞ……」


 色々諦めた様子で涼護が弁当を手渡すと、詩歩はその場でくるくると回り始めた。

 それを見て、涼護は頭が痛くなった。年齢考えろ。


「うわーい、ありがとー」

「礼はいいからとっとと帰ってください変人」

「はいなー」


 弁当箱を大事そうに抱えて、詩歩はくるくる回りながら、校門に向かって行った。

 そのまま学園の敷地から出て行ったのを見送って、涼護は三度目の溜息をついた。


「ったく、あの人は……」

「涼護」

「今度は何だよ深理」

「ほれ」


 また何かが教室から投げ出された。

 受け取ると、それは涼護の財布だった。


「急がないと、購買からパン無くなるぞ」

「ドチクショウ!!」


 深理のもっともな言葉を聞いて、涼護は駆け出した。

 若干泣きが入っていたような気がするが、気のせいだと思いたい。



優秀なんだけど変人です。

この程度で変人とは言えないかもしれませんが。



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