変人の見本
更新久しぶりですー。
けど全然話進んでないっていう。
汐那の足の痺れが引くのを待ち、教室に戻った涼護を迎えたのは未央の怒声だった。
そして、説教してくる未央の小言を聞き流し――たまにちゃんと聞いてるの、と耳を引っ張られることもあったりしたが――涼護はいつも通り午前の授業を寝て過ごし、今日も昼休みを迎えた。
チャイムが鳴り響き、涼護は目を覚まして机から身体を起こした。
くあ、と欠伸を一つする。
「あ、起きた?」
汐那がこちらを振り向いていた。
寝ぼけ眼をこすりながら向き合うと、くす、と汐那が微笑しているのが見えた。
「なんだよ?」
「別に何も?」
何もないという態度には見えなかったが、訊いても答えないだろうなと思い、深くは訊かないことにした。
それよりも、ようやく昼休みだ。
涼護には、昼食を食べるという大切な用事がある。それ以外は些細なことだ。
「蜜都、一緒に食うか?」
「君がいいのならいいよ」
汐那と話しつつ、鞄から弁当箱を取り出す。
移動するのも面倒だから、今日は教室で食べることにする。
包みを解こうと、机に置いた。
「さて、食うか」
「……乙梨君って、早弁とかしそうなタイプなのに、しないんだね」
「ああ。まあな」
汐那が向かい合うように椅子の向きを変えて、涼護の机に小さな弁当箱を置きながら言った。
涼護は包みを開く手を止めて、言葉を続ける。
「早弁する時はするけどな。基本寝てるだけだからそんなに腹減らないし」
「うわあ何それ」
「ほっとけよ。……っつーか、早弁するとするで未央がうるさい。早弁くらいで説教されたくないしな」
「あははは、なんか世話焼き女房と駄目亭主みたい」
「誰が駄目亭主だよ。つか付き合ってないし、そういう表現やめい」
「ごめんごめん」
ったく、と言葉を洩らしながら、今度こそ包みを開けようとする。
が、その手は止まる。
何か、音がした。
「なんか聞こえないか?」
「え? ……あ、なんかピーガーって音が」
音がしているほうを向くと、教室の窓があった。
その向こうから音がする。
音に気付いた生徒たちは、皆外を覗きこんでいた。
涼護は立ち上がって、窓のほうに向かう。
「どうした?」
「……なあ、涼護」
窓の外を見ている夏木に声をかけると、何故か強張った声が返ってきた。
その声に首を傾げながら、夏木の次の言葉を待った。
「なんだよ?」
「……外、見てみ?」
そう言って、夏木が場所を空けたので、そこから外を覗きこむ。
そして、見えた姿に、ビシリ、と固まった。
「……あれさぁ」
「……言うな、夏木」
「どうしたの?」
汐那も気になったのか、外を覗きこんだ。
女性にしては高い身長のおかげで、少々後ろのほうからでも外は見える。
そうして見えた姿に、目を見開いた。
「……ねえ、あの人……」
「言わないでくれ……」
「現実から目を背けないの、涼護」
そう言ったのは未央だが、彼女も顔が引きつっていた。
涼護としては現実から目を背けたい。できれば他人のフリをしたい。
が、次の瞬間聞こえてきた声のせいで、そんな真似はできなくなったしまった。
「もしもしー、師匠のお昼ごはんを用意し忘れる不出来な弟子、乙梨涼護はどこですかー?」
大音量である。
メガホンを使った大音量の声で、名指しされた。
外を見ていた皆の視線が、一瞬で涼護に集まる。
大多数の視線を受けて、涼護は怒涛の溜息を吐きだした。
「あ、の、人は……!」
そして、踵を返して駆け出す。
教室の扉を乱暴に開き、廊下を爆走する。
廊下から一階へ続く階段をジャンプして飛び降り、踊り場で身を翻して、またもう半分の階段を飛び降りる。
そのまま一階の廊下を駆け抜け、下駄箱に出る。
靴を履き替える手間も忘れ、上履きのまま外に出た。
さっきまでいた二階の教室に、いまだ大音量で呼びかけている阿呆の姿を見つけると、さらにスピードを上げる。
そして、跳んだ。空中で身体を捩じり、蹴りを繰り出す。
叫んだ。
「何してやがりますかこのクソ師匠ォォォォ!!」
「おおっと」
涼護の渾身の蹴りは軽くいなされ、ぽーん、と投げ飛ばされた。
世界が逆転していくのをゆっくりと感じながら、地面に落ちる。
受け身は取ったが、空中から地面に自由落下で叩きつけられて、肺から思いっきり息を吐き出した。
「うげほ」
「何するかなぁ、お馬鹿弟子」
「そりゃこっちの台詞だ変人師匠が!」
勢いをつけて起き上がり、指を突き付けて叫んだ。
しかし、指を突き付けられた当人……詩歩は平然としていた。
あまつさえ、拗ねたような口調で口を開いた。
「だって、君がお昼用意し忘れるのがいけないんでしょー?」
「昨日大仕事こなした後でアンタの昼飯用意する余裕あるかァァァ! 適当に済ませてくださいよ、インスタントなりなんなりあったでしょうがァ!」
「いや、あったけどさぁ。私は君の手料理が食べたいんだよ、うん」
「うん、じゃねェよ!」
ぜえはあ、と肩で息をする。
詩歩はぷく、と頬を膨らませていた。
「まあとにかく、お昼頂戴。お弁当あるでしょ?」
「一昨日の残り物詰めただけのですけど? 米だって冷凍してたのを解凍したのを詰めてるだけですし」
「それでもいいの。君の手料理には違いない」
「アンタなァ……」
はああ、とまた怒涛の溜息が、涼護の口から吐き出された。
自分の師匠ながら、本当に変人の見本のような人間だ。
昼食がないからって、わざわざ学校まで来るか普通。
「涼護」
「あん?」
さてどうしたものかと涼護が足りない頭を回そうとしていると、頭上から自分を呼ぶ声がした。
上を見ると、教室からぽい、と何かが投げ出された。
落ちてきたそれを、思わずキャッチする。
手の中に落ちてきたそれは何か確認すると、自分の弁当箱だった。
「それで手を打っとけ」
「……深理、お前なァ……」
弁当箱を投げたのは深理だった。
上にいる深理を見返すが、当人はどこ吹く風だった。
とはいえ、確かにここは深理の言う通りかもしれない。
詩歩にはさっさと帰ってもらいたい。
「……これ、俺の今日の弁当です」
「みたいだねぇ。もらっていくよ?」
「……どうぞ……」
色々諦めた様子で涼護が弁当を手渡すと、詩歩はその場でくるくると回り始めた。
それを見て、涼護は頭が痛くなった。年齢考えろ。
「うわーい、ありがとー」
「礼はいいからとっとと帰ってください変人」
「はいなー」
弁当箱を大事そうに抱えて、詩歩はくるくる回りながら、校門に向かって行った。
そのまま学園の敷地から出て行ったのを見送って、涼護は三度目の溜息をついた。
「ったく、あの人は……」
「涼護」
「今度は何だよ深理」
「ほれ」
また何かが教室から投げ出された。
受け取ると、それは涼護の財布だった。
「急がないと、購買からパン無くなるぞ」
「ドチクショウ!!」
深理のもっともな言葉を聞いて、涼護は駆け出した。
若干泣きが入っていたような気がするが、気のせいだと思いたい。
優秀なんだけど変人です。
この程度で変人とは言えないかもしれませんが。