今まで逢ったことのない、
未央が屋上から出た後、汐那は涼護の顔を眺めていた。
「……可愛い寝顔しちゃって」
ぷに、と涼護の頬をつついた。
ケアなんてしてないのだろう、肌は少し荒れている。
つついて遊んでいると、うとましかったのか、涼護は嫌がるように軽く身じろぎをした。
もぞもぞと、頭を動かして丁度良い場所を探している。
(……なんか子猫みたい。可愛い)
こうして見ていると、昨日のあの姿とはどうしても結びつかない。
人相の悪い、けれどどこにでもいるようなただの高校生だ。
ほとんど面識もない上に興味もないような人のために、無茶をするような危なっかしい人間には見えない。
一昨日までは理解できなかった。どうしてそんなことをするのか。
けれど、昨日涼護と話し、そして今日未央と話して、少しだけわかった。
彼は何も考えていないのだ。
助けられないかもしれないとか、自分が怪我をするかもしれないとか、そもそも助ける義理があるかないかとか、そういう損得勘定で物事を判断していない。
ただ、目の前で誰かが助けを求めていたのなら、助ける。それだけだ。
普通ならもっと色々考えて二の足を踏むところを、彼は何も考えずに行動に移してしまう。
ただのバカだ。
けれど、そんな愚直さが、汐那には少し羨ましかった。持っていないものだから。
(……どうしても、余計なことを考えちゃうしね)
今まで汐那の周囲にはいなかったタイプだ。
膝枕しようか、なんて言って、実際その行為をしている辺り、それなりに心を許していることがわかる。
汐那としては、素の自分を見られてしまっているというのもあるだろうし、そんな素の自分を見せても何も気にせず接してくれるというのは中々大きかったようだ。
本当に、今までに逢ったことのないタイプだ。
「……バーカ」
鼻をつまんでみる。
ふが、という変な声が出た後、涼護は薄らと目を開いた。
ぱ、と鼻をつまんでいた手を離す。
「……んあ?」
「あ、ごめん、起こした?」
「いや、普通に目が覚めただけだけど……」
起き上がった涼護は、ふあ、と軽く欠伸をする。
ベンチに座り直し、目を擦りながら、汐那のほうを見た。
「今何時だ?」
「一時間目の終わりかけくらいかな?」
携帯の画面で時間を確認しつつ、汐那がそう答えると、涼護はそうか、と言って、ぐ、と両手を伸ばして背伸びをしていた。
そのまま、汐那のほうを見、お礼を口にした。
「サンキューな蜜都。すごいぐっすり眠れたわ」
「そう?」
「おう。なんかぐるぐるしたのが無くなった」
抽象的すぎる表現だが、なんとなくわかった。
随分すっきりしていそうな涼護を見て、ふふ、と微笑しながら汐那が立ち上がろうとすると、足に痺れが走った。
「あう」
「あ、足痺れたか?」
「うん。……一時間弱膝枕してたからね」
わざと少しだけ嫌味っぽく言うと、涼護は軽く眉を寄せて苦笑した。
がしがしと頭を掻いて、唇を尖らせた。
「……蜜都が言い出したことだろ」
「そうだけどねー。でも有名モデルの私に膝枕してもらうなんて、そう何度もあることじゃないよ?」
「恩着せがましいなァ、オイ」
不満げな言葉だが、それほど気にしているようには見えない。
むしろ、楽しげに見えた。
「なんか楽しそうだね?」
「いや、やっぱ、猫被ってる蜜都より、俺はそっちの自信満々な蜜都のほうが好きだなァ、と」
「それはどうもありがとう。私も、君のその物怖じしないところ好きだよ」
それは、彼女の偽りのない本心だった。
付き合いの長い事務所の所長や親族ならともかく、汐那の素の部分を見ると大多数の人間は離れていった。
――――本当に、彼と出会ってから、驚くことばかりだ。
「そりゃどうも。……さて、教室戻るか」
「あれ、戻るの?」
「ああ。寝たらなんかすっきりしたし、未央に説教食らうのも面倒だし。たまにはいいだろ」
「そっか。じゃあ私も出ようかな。一人でいても仕方ないし」
「それはいいけど……歩けるか?」
「……もう少し待って」
「お姫様抱っこでもして連れて行ってやろうか?」
「遠慮するわ」
涼護なら本当にやりそうだったし、そこはちゃんと断っておいた。